APU活動記② HONZ定番企画「2022年印象に残った本は何?」
連載の2回目は、いよいよ2022年に印象に残った本について熱く語り合います!
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立命館アジア太平洋大学(APU)ライブラリーにやってきました。ウェルカムボードを見て、メンバー一堂のテンションが一段と上がります。様々な個性を持ったメンバーが一同に集い、やたらと熱い志で本を紹介する、HONZにとってはお馴染みのコーナー。テーマは「この数年で一番印象に残った本、皆さんにおすすめしたい本」で、漫画も小説もなんでもありです。出口さんを入れて11名の熱い(名)演説を、皆様にお届けいたします!
あいうえお順で、安川修一さんからスタートです。(敬称略にて失礼いたします。)
◆ 「日本の最も大事な経営課題は人材です。」安川修一(住友金属鉱山(株)顧問)
人事領域を担当している安川にとって、ダイバーシティは最も興味のあるテーマ。性的マイノティを扱う本書に、安川は衝撃を受けたという。LGBTQという言葉では括ることのできない多様な性と、その中に存在するマジョリティとマイノリティ。企業人として、性の理解を深めることは必須と、仕事に熱き男は語った。本書は、朝井リョウが柴田錬三郎を最年少で受賞した一冊。
◆ 知的好奇心の尽きないご隠居さま 仲野徹(大阪大学名誉教授、元読売読書委員、HONZメンバー)
昨年3月に大阪大学医学部で定年を迎え、現在の肩書きは「隠居」の仲野徹。選んだ1冊は、テクノロジーと身体を結びつける本。できないことができるようになる過程を紐解くと、脳が具体的なイメージを持つことで、身体に指示を送れるようになる。テクノロジーを用いて脳に具体的イメージを持つ手助けができるようになれば、人間のできることが大幅に増えるのではないか。
例えば、けん玉やピアノなどをバーチャルリアリティで練習すると、リアルでも出来るようになるらしい。その延長戦で考えると、スポーツや楽器のトレーニングが変わってくるのではないかと、仲野はトキメキながら話した。ちなみにHONZには「著者自画自賛」というコーナーがある。仲野徹の本が気になる方はぜひ、立ち寄って欲しい。(『笑う門には病なし!』『生命科学者たちのむこうみずな日常と華麗なる研究』など多数)
◆ 活動記作成に向けて気合十分 刀根明日香(HONZメンバー)
東えりかと仲野徹も大絶賛する本書は、20世紀を生きた一人の女性の伝記である。家が貧しいため、13歳の時に一人でブラジルに渡り、叔父夫婦と疑似家族となりブラジル移民として人生のスタートを切ったおけい。開拓農場を抜け出し、ダンサーをしつつタイピストとして自活していく。日本に戻り外国人向けのカフェを開き、上海では外交官と恋に落ちる。毎日英語の勉強を欠かさず、海外雑誌をタイピングで写して覚えていったという。刀根が感動したのは、タイピングも英語の勉強も1日も欠かさず、自分の将来を信じて邁進していったおケイの姿だ。
おケイの成功への階段は、スケールこそ桁違いだが、背後には今の自分たちにもできる日々の努力があることが、刀根の向上心を刺激する。もちろん簡単には真似できないが、何か頑張ってみようと背中を押してくれる一冊である。
◆ 歴史に彩りを与える歴史学者 清水克行(明治大学教授、元読売新聞読書委員)
『世界の辺境とハードボイルド室町時代』や『辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦』でお馴染みの清水克行の専門は日本中世史である。選んだ一冊は、清水が尊敬して止まない歴史家・石母田 正(いしもだ ただし)の著書だ。歴史学者がフィクションについて語ると「事実とは違う」と言いながらつまらない評論になりがちである。しかし、石母田は、『平家物語』のフィクションである特徴こそを前提として、登場人物の心性に焦点合わせる。見えてきたものは、『平家物語』は無常をテーマとしていると言われているが、むしろその逆で、運命に抗っている人たちの物語ではないかということ。例えば、平清盛の三男にあたる平知盛。平家が衰え自身の運命の定めを悟りながらも、最期まで抵抗して戦う。清水は、魅力的な歴史上人物には、最後まで抗った人が多いと語った。これには出口学長もうなずく。
学生から出た「歴史の流れを知らなくても、楽しく読めますか」という質問に対し、清水は「本当はどうだったかということに踏み込まずに、物語としてキャラクター造形がどうだったのかを見る。そのようなキャラクターを魅力的と思った作者がいたということは事実。そこに歴史性がある」と回答。全員が深く納得させられた。
◆ 最近のマイブームは桶! 塩田春香(HONZレビューアー)
本業では岩波ジュニア新書の編集を担当している塩田。ジュニア新書はおもに中学~高校生に向けて書かれているので、難しい言葉を使わず振り仮名も振ってある。「日本語を学ぶAPUの国際学生にもおすすめ!」とのこと。
さて、塩田が選んだ一冊は彼女自身が担当した力作である。味噌や醤油など日本の伝統調味料を伝統的な製法で仕込む時には2メートルほどの巨大な木桶を使う。10年ほど前より、日本ではこの木桶を作れる職人がいなくなり、木桶が無くなってしまうことがほぼ決まっていた。伝統調味料は今後どうなってしまうのか……。そこで香川県小豆島のしょうゆ職人が桶職人に弟子入りして桶作りを学ぶ。その6年間に密着したドキュメンタリーだ。明るくて希望が持てる一冊とのこと。「手前味噌で申し訳ない」と、親父ギャグを飛ばして塩田は演説を終えた。
◆ 父と子、母と子の葛藤に注目 河合香織(ノンフィクションライター、元読売新聞読書委員)
いつも幅広いテーマを扱うノンフィクション作家の河合香織。これまでも『ウスケボーイズ 日本ワインの革命児たち』(小学館ノンフィクション大賞)や『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』(大宅壮一ノンフィクション賞、新潮ドキュメント賞)、『分水嶺 ドキュメントコロナ対策専門家会議』などを世に送り出してきた。
河合が選んだ本書は、娘と父の深い関係性をテーマとしている。例えば詩人の石垣りんのように、4回目の結婚をした父に対する激しい愛憎を作品として残した者もいれば、辺見じゅんのように、亡くなった父が生きた時代について書く使命感を起点とし、作家としての仕事を歩み始めた者もいた。河合自身も子育て中の母親であり、母と子、父と子の似て非なる関係性を感じている。
そんな河合の3月刊の最新作は『母は死ねない』だ。子どもを事件で失った母や養子縁組をした母、死を選んだ母、一方で子どもの視点から見たありのままの母の姿。これらの関係性の背景には、社会からの眼差しがある。社会課題として、父と母それぞれと子どもとの関係性について考えてもらいたいと、河合は締めくくった。
◆ 巧みな話術で聴衆を虜にする無限スピーカー 岡ノ谷一夫(帝京大学教授、元読売新聞読書委員)
『ハダカデバネズミ 女王・兵隊・ふとん係』や『「つながり」の進化生物学』を書いた岡ノ谷一夫は、ユーモアのかたまりのような人だった。「大学の教授をしていると立たないと喋れない」と勢いよく立ち上がって始まった岡ノ谷の演説。動物の心について知りたくて、行動や脳の研究を始めたものの、大学ではいきなり「動物に心はありません」と叱られたとか。なぜなら、動物の心は計測できないもので、”非科学的”と思われているからだ。しかし、本来は自分の心以外は分からないもの。動物だけじゃなく、人間であっても、他人に心があるかどうかなんて、本当のところ分からない。そうであるのに、人間は人間だから心があると擬人化していると岡ノ谷は主張する。
そんな岡ノ谷の一冊は、『あなたと動物と機械と』。たとえば動物との友情についてや、さらにその先の機械との友情について、じっくり考えたことがあるだろうか。岡ノ谷はAIに心が芽生えたと安易に語られるのが気に食わないと言う。本書は、動物には心があると仮定して、その上で我々はどうコミュニケーションを取れるかを考えていく。フランスの哲学者の本で難解ではあるが、哲学と現代科学など多くの情報を統合し組み立てるプロセスがとても勉強になる一冊とのこと。合わせて、大島渚がチンパンジーと女性の恋愛を描いた映画をフランスで撮っており、おすすめだそう。(『マックス、モン・アムール』)
◆ サバイバル生活に目覚める一歩手前か!? 稲泉連(ノンフィクションライター、元読売新聞読書委員)
戦争や震災など様々なテーマを扱うノンフィクションライターの稲泉連。取材対象の心の奥まで読み取るかのような丁寧なアプローチに定評がある。『ぼくもいくさに征くのだけれど―竹内浩三の詩と死』では、最年少で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。実は『アナザー1964 パラリンピック序章』を書いた際に別府と深い関わりを持ったと言う。別府市亀川には「太陽の家」という就労支援施設がある。この創設者が「日本パラスポーツの父」と呼ばれる医師・中村裕だ。ぜひAPU学生には一度足を運んでもらいたい場所である。
稲泉が選んだ一冊は、服部文祥の最新刊だ。服部はフリークライミングの思想に魅せられ、地図を持たず、山の中で食料を調達しながら登山を続け、その様子を自身の処女作である『サバイバル登山家』に記した。その後、サバイバルにのめり込み、ついに廃村で自力生活を実践する。服部の魅力は、少しずつできることが増えていく過程の喜びを、持ち前の文章力でありのままに書き連ねていることだ。私たちの日常では、ほとんどをサービスに頼り切っていて自力で何か出来ることは本当に少ない。稲泉は学生たちに、失敗しながらも自分自身で手を動かすことで、経験値が上がっていくことを熱く伝えた。
◆ 虫と養老孟司はおまかせ 足立真穂(HONZレビュアー)
足立真穂が「大分にまつわる本を紹介する」と言って取り出したのは、大きな写真集2冊だ。『TOBIKERA』は、トビケラの巣だけを集めた写真集だ。トビケラはミノムシのように巣をつくる。本能的なものなのか、自発的に、石や小枝、葉など周囲の素材を選び、加工し、適切な構造の巣を構築する。
これを撮影したのが、デジタル伝送研究者としても、昆虫写真家としても知られる小檜山賢二だ。写真を撮るにはどこかに焦点が当たるが、小檜山の編み出した独自の撮影技術(マイクロプレゼンス)では全体にピントを合わせて撮影できる。美しく芸術的な虫の世界は、小檜山の『象虫』でも見られる。この一冊が評判を呼び、『葉虫』『兜虫』などシリーズ化した。
冒頭で大分に関係があると言ったのは、2024年の6月~8月、大分県立美術館にて、小檜山賢二と養老孟司の展示に足立が協力しているから。この展示会のために今後も足繁く別府に通うと言うが、本当なのか、羨ましい。そういえば、今回の旅のなかで「仕事は不純な動機でやるのが一番良い」と言ったのは岡ノ谷だったか。足立からライブラリーに『TOBIKERA』を寄贈するとのこと。APUの皆様、来年の夏を楽しみにしていてくださいね!
◆ HONZのスーパー司会者 東えりか(HONZレビュアー)
待望の翻訳本だ。本書は20カ国で翻訳されている。本書3巻もので、それぞれ子どもの「ちがい」の種類によって分かれている。1巻は低身長、聴覚障害、ダウン症などの身体的特徴。2巻は自閉症や重度の障害者、そして神童と呼ばれる子ども。3巻はレイプで生まれた子どもや犯罪者になってしまった子ども、そしてトランスジェンダーと自覚した子どもである。
それぞれの子どもたちが親とどのように接し、親はどう接するのか。10年間にわたって300組の親に取材をしている。この類の本は日本ではなかなか売れず、翻訳されるのが敬遠されがちだという。しかし本書は、夫婦2人が営む「海と月社」という出版社によって日本でも読めるようになった。著者のアンドリュー・ソロモンはパートナーとの間に子どもを持つことになったが、子どもを持つという逡巡が、本書の執筆につながったそうだ。
東えりかは本書が出来るだけ多く日本人の目に留まることを願っている、と東。本書も「海と月社」のご厚意で、APUライブラリーに寄贈されたので、学生さんもぜひ手に取ってみて欲しい。
◆ 強い気持ちとあふれるパワーの持ち主 出口治明(APU学長、元読売新聞書評委員、HONZ客員レビュアー)
出口治明が2022年一番面白かった本は『マルクス・アウレリウス』だ。出口は「僕はストア派の考えが好きです」とよく言っているが、マルクス・アウレリウスはストア派の哲学を実践したローマ皇帝である。彼の時代、ローマ帝国には陰りが見え始め、東北方面からの諸部族の信仰と財政の窮乏で不安定な時代に差し掛かっていた。マルクス・アウレリウスは、まさに時代に抗いながらも、心労を重ね、皇帝の職務をひたむきに遂行した人物だ。出口はマルクス・アウレリウスが一番好きだと言う。嘆きとして生きる『自省録』は、その姿をありのまま写し出した本である。
あっという間に1時間が過ぎ、イベント終了後も学生たちの質問タイムが大いに盛り上がりました。今回改めて私が感じたのは、人と人とをつなぐ本の役割です。本を片手に話し始めれば、肩書きや仕事のしがらみなどが一切消え、純粋な楽しみとして語り合うことができます。何に感動したのか。何に憧れているのか。気付いたら相手のことももっと知りたくなる。自分の今いる場所を考えたくなる。相手の世界観に触れることで、また新たな本との出会いにつながりました。
APUの皆さん、ありがとうございました!