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ウザい男、ウケる男

地下鉄の座席に座って、目を閉じていた。
瞑るとラクなのは、たぶんドライアイのせい。
うたたねができない体質?なので、乗り過ごす危険性はない。

不意にくしゃみが出そうになって、ハッと息を呑む。
寒い?
いや、寒くない。

瞼を開いて、くしゃみの原因がわかった。
うつむいた角度の私の鼻から頬のあたりを何か毛状のものがすりすりしていたのだ。

それは、私の斜め前に立った男性のファーの尻尾であった。
ホンモノかどうか知らない。
でも、キツネかウサギか、はたまたイタチかミンク?
男性でそういうものを首に巻いている人は、たぶん珍しい。

そやつは、私の隣の席に座っている女性の友人らしい。
年の頃は、ともに30代中盤か後半というところ。
なんとなく独身。

これが、かなりの大柄の身体を女性の座席に向って投げ出すように倒しては、話に興じているのだ。
つり革が、体操の吊り輪のように網棚側に振られている。
細いつり革は、そやつの体重を支えていて、ときおり「ぎゅるる・・・」と悲鳴を上げている。

そして、私の顔の前で、ファーの尻尾が揺れている。

ふぅ~
と吹いてみた。
最初は軽く。

気付かない。

ちょっと強めに吹いてみた。
ふぅぅぅぅぅ~
気付かない。

気付いたのは、私を挟んで反対隣の男性。
黒目を私のほうに寄せて笑いをこらえている横顔に、私の黒目も移動する。
えへ。

心の中で、もっとその男性のウケを取りたい衝動に駆られる。
ふぅぅぅぅぅぅぅっ!
思い切り吹いた。

で、そのあと、すかさず隣の男性の顔を横目で覗く。
笑ってる!
よしよし。
って、何がよしよしなのか?

が、当のファーの持ち主は、一向に気付かない。
なんといっても、女性との会話に夢中なのだ。
ときおり、スマホを見せては、ね、ね、とか同意を求めている。
よほど、楽しい画像らしい。

なんのことはない。
そやつは、隣の席の女性を口説いているのだ。
身体を投げ出すようにして。
女性の膝になだれ込みそうになりながら。

で。

で。

しばらくして、そやつは言った。
「俺って・・・ウザい?」

「はい。」
と小声ながら思わず言ってしまったのは、私だった。

こっそり見ると、反対隣の男性もウケまくっていた。


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風待ち
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