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「住民税非課税世帯」の壁

「103万円の壁」をめぐって与野党の攻防が盛んなようだ。
「ようだ」としか書けないのは、一般的な報道でしかそれを知ることができないから。
来週からの国会で具体的な進めかたが明らかになるのか、いささか怪しい。
選挙での集票のためにとってつけたように言い出したという疑念がいまだ拭えない。

私には、それより「住民税非課税の壁」のほうがインパクトが大きい。
この各自治体で異なるざっくり100万という壁は、どうして報じられないのだろう?
さらにいえば、所得の有無でなぜ貧富の差を分けるのか不思議である。

実家の親がまだ生きていたころの話。
父が脳梗塞で倒れてから呆けに呆け、母がつきっきりで見守っていた。
夜は、襦袢の紐で父と自分を結んで寝た。
徘徊する父に気づくためである。

私はまだ結婚しており、働いてもいたから、毎週末に実家に行くのにさえ、夫に気兼ねしていた。
父は、自営の期間が多いからほぼ国民年金だけ。
家業を手伝っていた兄は、50を過ぎて近隣の工場にアルバイトに入った。
フルタイムで働いても月に15万にも満たない。
地方の工場なんて、いまだって最低賃金で人を雇おうとする。
それでないと工場側もやっていけないという現実もある。

実家は破産して家を失い、アパートを借りていたから毎月の家賃もかかっていた。
私は夫に内緒で支援をしていたが、本当につましい暮らしだった。

当時、親たちが住んでいた自治体では、独自な福祉政策として「住民税非課税世帯」にタクシー券を配布していた。
高齢者の通院などを助ける意図だろうと思う。

アパートの向かいには、ちょっと大き目なお屋敷があって、子供たちが独立したあと、老夫婦が二人で住んでいた。
資産がありそうで、たぶん働かなくていい世帯だ。
でも収入がないから「住民税非課税世帯」になる。

母はそのお屋敷の奥さんとわりと親しくしていて、タクシー券の話を聞いた。
それで私が役所に問い合わせると、うちは兄が課税対象だからもらえないと言われた。
課税といっても、所得割がかかるほどの収入はなく、均等割5000円を最初の給料から引かれるだけだ。
でも、課税であることには間違いない。

「住民税非課税世帯」は、世帯の全員が非課税でなければならない。
しかし、現実として、年金額の少ない、かつ介護の必要な老夫婦を残して兄までも非課税枠で働ていては、暮らしが成り立たないのだ。

お屋敷の奥さんは、それを聞いて我がことのように憤慨した。
「(うちみたいな金持ちがもらえるくらいだから)当然みんなもらってるんだと思った」というニュアンスで、母に自分のタクシー券をくれた。
父も母も、兄が仕事に行っているとき、通院しなければならなかったから、とても助かった。
別の記事に書いたデマンドバスのことは、まだ知らなかった。

資産があるから働かなくて済む人と、ないからこそ働かなくてはならない人のあいだに「所得」で線を引く。

今日のニュースで「103万円の壁」から「富裕層」を除く可能性について検討されているというのを聞いた。
ここでまた私は首をかしげる。
どこからが富裕層なのか。
何をもって富裕だというのか。
どこに線を引くのか。

正しく線を引くためには、個々の資産を政府や行政が把握しないと難しい。
だからこそのマイナンバー管理なのかもしれないが、それはそれで忌々しい。
いま、新しく銀行口座を開設するときは、マイナンバーカードの提示が求められる。
不正を防止するという効果もあるだろうが、この人はどこそこの銀行にいくら預金があるという情報はどの程度管理され、どこにもたらされているのか。
政治が信用できないだけでなく、銀行も含めて何をどうやって信じたらいいかわからない。

だから、この問題を考えるとき、いつもモヤモヤしてしまう。
生活支援の要不要が適切でないことに苛立ちながら、それならすべての個人情報を政府・行政が把握して管理するよと言われる気持ち悪さ。

住民税非課税じゃなくても、生活は苦しい。
所得が大きくても、持ち家でも、ローンを返したり子供の教育費で支出がより大きくなる人もいる。
非課税枠など関係なくガンガン稼ぎたいのに、育児や介護でそれがままならない人だっている。

悠々自適な老後と、カツカツだけど病気や障害でギリギリの勤務をこなしている老後。
それをどこで見分けて、どこで線を引けるのか。

働く必要はないけど、ボケ防止や人との交流のために働いている人と、文字通り食べていくために働かざるを得ない人は、どこで見分けるの?

そういう私は、去年の収入が枠を超えたので今年は課税されていた。
体調不良もあるので、どうせなら来年は非課税にすべく、8月以降は働いていない。
兄のようにギリギリが一番もったいない。

こうやって憤慨しながら、いまあるシステムに合わせるしかない自分にも腹が立つ。
そうして、もう父も母も兄もいないのに、あのタクシー券のことをいまだに根に持っている。

かつて実家じまいをして、母を老健に入れた。
老健は「一時的」な施設なので、住民票を移すことはできない。
現住所は私の住まいである。
末期ガンの兄も在宅介護したから、3人は同じ住所で、このふたりを私は所得税の扶養に入れた。

そして、ちゃっかり世帯分離もした。
同じ住所だけど、会計上は別世帯という意味。
所得税と住民税は連携が進んでいない。
それを進めるためのマイナンバー制度だと思っている。
忌々しい。


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風待ち
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