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芳一の耳

次の朝ドラは、やなせたかし夫妻。
次の次は、小泉八雲の妻の話だという。
結婚生活を貫徹できなかった身には、夫婦の愛の物語はときどきしんどいけれど、いまの朝ドラは見ていないのでちょっと楽しみでもある。

あんぱんまんの中身のあんが「つぶあん」だということにも親しみを感じている。

松江の小泉八雲旧居に行ったのは、大学時代の話だ。
八雲といえば「怪談」だが、読んだのはそこからさらに遡る。
そのとき以来、何十年も思っていることがある。

「耳なし芳一」の住職は、どうして耳にだけお経を書かなかったのか。
芳一がロン毛で耳が覆われているならともかく、挿絵ではちゃんと耳が出ている。
そこだけ忘れるなんてある?
しかも両耳。
さらに、お経の文字の書いてあるところは、平家の怨霊からは見えないだろうけど、字と字の間はどうなの?
経の文言が続いていればいいの?
怨霊からは、字と字の間の皮膚だけまだらで見えちゃうってことはないの?

これは、誰にも訊いていない。
細かいことにこだわるおかしな奴だと思われたくなかった。
ただでさえ、高校時代からは授業もサボって一人旅に出ちゃったり、女子より男子と鉄道や歴史の話で盛り上がる変わった奴とされていたので、さらなる上塗りは避けたかった。

八雲は収集しただけなので、彼に問うてもわかるまい。
でも、私はずっと不思議に思っていたこの疑問をまだ忘れていない。
これは。
これは。。

住職がわざとやったことではないの?

今日は、インフルエンザの予防接種に行ったので、ついでに先日図書館で借りた本を、返却ポストに入れた。
(休館日なので)

「裏切りの日本昔話」の中に、その答えが見つかった。
正答というより、私と同じ疑問を持って、私が「へんな奴」と思われるのを恐れて言えなかった答えが書かれていたので狂喜した。

結果として、耳をちぎられた芳一は、傷の手当をしてくれた住職の寺をもう離れられなくなった。
恩もある。
外の世界と交流を断てば、囲われとはいえ安定した生活がある。
住職は、自分一人のためだけに琵琶を奏してくれる若き天才アーティストを手に入れたわけだ。
嫉妬と独占欲。

元夫は、私が実家や友人との交流を断つことを求めた。
自分の興味のない分野のテレビ番組を見たり本を読むことを嫌った。
私が、自分の知らない世界で生きることを良しとしなかった。
父が倒れるまで、私が実家を訪れたことはほぼない。
私には美も才もないのだけれど、彼は私のすべてを支配したかったのだろう。
これは愛とは違うといまは思っている。

芳一のその後は、琵琶の腕前と怨霊から無事に戻った話のインパクトもあって、評判を呼び、不自由なく暮らしたとなっている。
しかし彼は、住職のそばを離れることはなかった。

痛みが癒えたあと、実力に加えて人気も得た芳一が寺を出たいと思ったことはなかったのだろうか。

死んだ者の無念が怨霊となるのも怖いが、生きている者の執着も怖い。


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風待ち
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