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ポプラの木~第4章 土曜学校

学校以外に子供どうしが寄りあう場所が町中にいくつかあった。「そろばん教室」「習字教室」「絵の教室」など、たいてい誰か一つは習い事の初めの一歩にしていた。番外編で通称「土曜学校」と呼ばれる課外授業が土曜の夜お寺で開かれていた。内容はごえんさんのお勤めの後、法話があり、その後大学生から勉強を教えてもらっていた。小学校とは違った内容で、いろんな話を聞く場になっていた。組は違うが小学校の同級生や、もっぱら近所の連れ同志が集まっているつながりだった。真知子がサーカスに行った事がどこから漏れたのか土曜学校に行くとみんなから、「なあ行ったんやて、あそこ」と噂のまとになっていた。「ちょっとなんの話、あそこてひょつとしてサーカスの事」と真知子が正直に言うと「自分からばらしてる」と半ばあきれたように同級生でB組の小坂雄一がうなずいた。「何にも知らんかったんか、それなら河合さん教えたるけど、言った本人には内緒やで」と念を押して雄一は続けた。「今週の月曜日に斎藤くんが忘れた頃に登校して来たのは同じ組やから知ってるよねこれにはなんかあるとガキ大将のしげかずが容赦なく訳を聞いたようやわ、なんでもD組のおせっかいがサーカスの宿舎に様子を見に行ったようやわ、そのおせっかいさんは言われなくてもわかるよね、河合さんあなたでしょう」と雄一は単刀直入に説明した。「もういいやん、ほかに誰もそんな事できないでしょう」とお寺の娘の筧祥子がかばった。「学校には内緒にしてたん」と祥子が聞くと、「ちがうわ、学校の沢野先生には事情を説明してお父さんと同伴で行く事を伝えてます」と真知子が語気を強めて前をまっすぐ見て他の者にも伝わるように言いきった。「そうなんや、どうやったのサーカス聞かせてよ」と甘え上手の松本今日子が言いよった。「言葉で説明できない感じわかるなんか言葉で言えない雰囲気を感じたのあれは実際行ってみて経験せん事にはわからへんわ」「私も早く行きたいな、もう夏中さんまで辛抱できん」と今日子がつぶやいた。「あんたら騒がしいな、仏さんの前やで少し静かに」とごえんさんが諭して間もなく、講話の時間になった。「はい、みな注目、今日みなに新しい先生を紹介します、滋賀大学教育学部の学生で志賀さんです、志賀さん本堂に入ってください」とごえんさんが声をかけると、本堂と庫裏をつなぐ廊下で待っていた志賀さんが本堂にお辞儀をして入ってきた。「志賀さん、簡単に自己紹介お願いします」とごえんさん言うと、志賀さんはかけていた黒縁メガネのふちを指で軽く持ち上げて会釈してから話し出した。「皆さんこんばんは初めまして志賀啓介と言います、今は滋賀大学四回生の学生です。来年の春には卒業の予定ですが、それまで皆さんの勉強のお手伝いをさせていただきますのでよろしくお願いします」と言い終わると間なしに「志賀さん一つ聞いていいですか」と真知子が言った。
「志賀さんは大学を卒業されたら、学校の教師をされるんですか」と尋ねた。唐突な質問だったので志賀さんは「ここだけの話ですが卒業後は学校の教師になる事を希望しています。その為に秋から、学校現場での教育実習を予定しています」と初対面にもかかわらず将来の事を話した。「教育実習はどこの学校かもう決まっているんですか」と普段は口数の少ない雄一が聞いた。「希望は皆さんが通っている長浜小学校にしていますが、ひょっとすると皆さんの学級を、受け持つ事になるかも知れないですよ」と志賀さんもまんざらでもないという顔つきで笑顔を見せた。「それなら五年D組の沢野先生とタッグを組む事もあり得る話」と隆が独り言のようにつぶやいた。「そんなん最強や、ありえへん」と真知子がダメ出しした。さらに畳みかけるようにして「志賀さん僕もどうしても聞きたい事があります、趣味や特技を教えてください」と俊雄も口を開いた。「趣味は登山で山登り特技は我流ですがギターとピアノの楽器演奏です、そんなところですが、他に何かありますか」様子を見ていたごえんさんも助け舟を出し、「ま、今日は初見だし、来週からの予定ぐらい紹介していただいて終了という事にいたしましょう」としめた「私の方で今後の予定をメモにしましたのでご覧ください」と言うと志賀先生は一枚のプリントを配った。みんな志賀メモを見ながら口々に「なんか、面白そうやな」と期待を感じた今日子が言うと「来週来るの楽しみになってきた」と俊雄が応じた。「誠心寺のここだけの話やな」と雄一が念を押すと、みんなここで初めて大笑いになった。
志賀メモにはこう書かれていた。「目的は自分で考える習慣をつける。自分がわからない事を一つ各々が調べてみる、次に調べた内容をみんなに発表する、発表された内容にみんなが感想を言う、わからなかった事がみんなにもわかり知識を共有する事になります」と書かれてあった。志賀先生は最後に、「今月はさっそく野外活動の伊吹山夜間登山を予定していますので楽しみにしてください。もし体力に自信がない人はそれまで夏休み期間十分に足腰を鍛えておいてください。参加については家族とも相談の上で来週中に返事をいただければと思っています」と付け加えた。帰り際、本堂から正門に伸びる石畳の参道わきにある花壇の紫陽花が、月夜の月光に照らされて、青白く浮かび上がって見えていた。折しも明日が満月である事に心がざわめくのを感じ、少なからずも夏休み中の楽しみとして、土曜学校の生徒は、わくわくしていた。
隆が帰る方面が同じ野球仲間の俊雄に、「伊吹山登ったもんていてるのかな」と聞くと。「頂上まではさすがに、いいひんのとちゃうか、確か三合目まではスキーのリフトで登る事できるから、そこまで登ったもんはいてるかもしれんな、僕のお父さんは登った事ある言うてた」と俊雄が言うと「すごいやん、それって頂上までか」と驚いた隆が聞くと「今晩帰ってから聞いてみる」と俊雄は答えた。「俊雄くんとこのお父さん運動選手やから、頂上まで登ってそうやな」と隆が問いかけると「スキーは結構やってるもんな」と俊雄は確信した様子だった。「そらもうあたり前田のクラッカーやな」と隆は調子に乗ってコマーシャルをまねた。「それより俊雄くん夏中さんいつ行くん」と隆と俊雄の家の帰り道の脇道に入るところで隆が聞くと俊雄は歩くのをやめて、「どうしようかな」と暫くたたずんで「隆くん明日の朝運動場でキャッチボールだけ約束しとくわ、夏中さんの話はそのあとな」と念を押して別れた。
隆が家に帰るなり母の明子に「誠心寺さんの方で夏休みに、伊吹山登山に行く事になりそうや」と言うと「大丈夫かいな、子供だけとちがうやろけどまさか頂上までいくつもり」と怪訝そうに聞き返した。「そうみたいや」隆も半信半疑に答えた。なにせまだ登山の予定を聞いただけでくわしい計画の内容はわからない話だった。「まゆつばもんの話やな」と隣で煙草をふかしていた大介がちびた煙草の火を灰皿でもみ消しながら、ぽつりと言った。煙草の煙を煙たそうにしていた明子が、「それより隆あんた、近所の野田さんのおばさんに井戸掃除頼まれてるようやけど、忘れてないやろな」と言った。「わかってるて、夏休みの奉仕作業のつもりや」と隆がうなずいた。「よそもやけど、家のほうも忘れんと井戸さらいやってや、頼んだで」と明子は念を押して諭した。
例年より長く続いた梅雨も明け、週明けの週末からは夏中法要縁日の露店がアーケード街を中心に大通寺の境内に向けて所せましと出店を連ね、町中は「夏中さん」と一変し。春の曳山祭りの名残絵巻とは異なる色濃い夏の風物詩の雰囲気へと変わっていた。

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