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【エッセイ】裏切りと心の傷

人に裏切られた経験はあるだろうか。
大小さまざまだろうが、きっと何かしらあるだろう。

月並みだが、僕は恋人に裏切られたことがある。
浮気をされてしまったのだ。
裏切られた経験とはなかなかに深い傷を心に作るものだと、そこで初めて知った。

あの時のことを少しだけ語りたいと思う。

あれは就活の最終面接前日のこと。
夜の23時くらいに当時の彼女(以降元カノ)から電話がかかってきた。
あまり元カノから電話がかかってくることはなく、珍しいなあ、なんて考えながら呑気に電話に出ていた。

「もしもーし、どうしたん?」
「……」
しばらく待っても無言だった。
「もしもし?」
「……」
いくら問いかけても無言。
「どうしたの? 何かあった?」
「……」

そこでようやく、相手のはなをすする音が聞こえた。
急に不安がつのってくる。
しばらくその子の鼻をすする音を聞きづづけるうちに、その不安はどんどん大きくなっていく。

夜中だったため、もしかしたらどこかからの帰り道に襲われたのか、彼女に何か病気が見つかったとか、あるいは妹と一緒に暮らしていたから妹に何かあったのか、それとも家族の誰かに不幸かなにかがあったのか。
とそんなことをぐるぐると頭の中を駆け巡る。

そうしてようやく彼女が口をひらいた。
「ごめんなさい」
何か大変なことがあったのだと思っていた僕は、ごめんなさいという言葉の意味が理解できなかったのを覚えている。
なんで謝るんだ? という疑問が頭を埋め尽くす。

それから何十分たっただろうか。
ただ元カノの泣き声とごめんなさいを聞いていた僕は、
「とりあえず、何があったか教えてくれない?」
と、何度目かの同じ質問をした。

そしてゆっくり元カノが語りだしたのは、クリスマスの日に幼馴染の男とそういう行為をしてしまった、という事だった。
そこでようやく元カノの様子と「ごめんなさい」の意味が理解できた。
その子はそういう冗談を言うタイプではない。
その瞬間手足が急に冷え始めて、体の芯から凍えるような寒さを感じ震え始める。
冷静に「あ、こんな身体症状出るんだ~」なんて考えていたが、それこそ頭の中がパニックだった証拠だろう。

それから、少しずつ話を聞こうとするが、ただとにかく「ごめんなさい」と言われ続け、僕自身もどうしていいのかわからない時間がそこから2時間くらいだっただろうか、続いた。

この時一番切なかったのは「もう僕のことは好きじゃないの?」と聞いた時に「好きだよ」と言われたことだった。
元カノは「好き」という言葉を言わない子で、この時初めて言われたことに僕は気付いたのだ。

質問と謝罪と無言が続き、やがて僕は無情にも
「ごめん、全然考えがまとまらない。とりあえずさ、明日面接があって6時前に起きないといけないからさ」
と言って、元カノとの電話を切った。
その夜は眠れるはずもなかった。

結局、後日その子とはお別れをしたのだが、もっと何か別の言い方があったんじゃないか、他の道があったんじゃないか、と悶々とする日々が続いた。

この経験は、その後も深い傷として残っている。
次に付き合った子の時は「この子も裏切るかもしれない」という思いが常に頭のどこかにあり、本気になることができなかった。
とても不誠実な付き合い方をしてしまった。

この先、一生、この苦しみを味わうんだろうなと覚悟していたし、なんなら一人で生きていった方が楽かもしれないとも考えたりした。

でも、今の彼女と出会って、僕はもう一度人を信じてもいいかもしれないと思えるようになった。
時折裏切られることへの恐怖に支配されるときもあるが、彼女なら大丈夫なんじゃないかという確信に近いモノがある。

裏切られて心に傷を負ったとしても、その傷はずっと痛み続けるわけじゃない。
人に傷つけられて痛んだ心は、きっと他の誰かが、新しい大切な人が癒してくれる。

そう信じて、明日も生きていく。

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