ふくおかの国際協力 | 原田君子(NGO福岡ネットワーク )
第2回:愛の反対は…
NGOについて、私が学んだ基本的なことを少しまとめてみます。NGOとは、国際協力に関わる「非営利活動組織」「民間組織」で、Non-Government-Organizationの略です。もともと国連の場で、政府以外の関係組織を示す言葉として使われていたものが、広まったものだそうです。政府や国際機関とは違う「民間」の立場から、開発・人権・環境・平和など、世界的・地球規模の問題について、国境や民族、宗教の壁を越え、利益を目的とせずに、これらの問題に取り組む団体のことを言います。
1960年代から徐々に活動が開始され、1970年代に活発化してきたと言われます。私がNGOの活動をするようになったのは1990年代。阪神淡路大震災(1995年1月17日)が発生した際に、全国からのボランティアが神戸に大勢かけつけて、「ボランティア元年」と言われる言葉が生まれましたが、実は国際協力・ボランティアの活動は、それよりずっと以前から取り組まれていたものだと言えそうです。
日本におけるNGO活動は、常に進化しています。私が学んだ中から、第一世代と言われた時代には、困っている海外の人にお金や物を送ることが中心でした。しかし、せっかくの善意も残念ながら無駄になっていた例が数多くありました。
例えば私が印象に残っている支援の中に、女性の生活向上支援としてミシンの支援活動がありました。しかし電動ミシンのため途上国ではまだ電気もない地域が多く、そこに届けられたミシンは使われることなく隅みに置かれ埃をかぶっていると聞きました。また、発電機があっても、私が訪れた村にも届けられていましたが「日本のミシンは高性能で複雑、説明書も日本語のため読むことができない」と残念そうに話していたことを思い出しました。医療現場でも高性能の中古医療機器が病院に届けられ同様の報告などを聞いた覚えがあります。
そのような状況もあって、お金やものを送るという一方的な活動への「支援疲れ」も増えて問題化してきました。その後、第二世代と言われる「魚を与えるのではなく魚の釣り方を教える」という、相手に寄り添い使い方の指導しながら自立を目指す技術支援へと支援の形が進化していきました。
上記の例のような事が起こらないようにと、まずは現地に赴き調査を行い、村に何が必要で何が足りなくて有効な支援は何か、ということを現地の人々と話し合う支援へと変化していきました。電気がない所には、足踏みのミシンが届けられ、医療支援には技術指導ができる医者や技術者を派遣する、という第二世代へと進化して行きました。お金や物を送りながら、同時に「技術支援」として「人」が現地に赴き一緒に汗をかく支援です。問題や失敗はそれでも起こります。第3世代・第4世代へと進化し続けながら、より良い活動を今も目指しています。
現在、日本には現在約400以上のNGOが存在すると言われています。活動分野としては、①緊急支援(途上国で緊急的に援助の必要な人々への支援活動)、②国際協力(途上国の人々の自立を支援する活動)、③開発教育(世界の問題について広く人々に伝える活動)、④政策提言(政府の支援をチェックし提言の活動)などがあります。また、NGOの特徴としては、機動性(緊急の場合すぐに現場に駆け付けることができる)、柔軟性(現地の状況やニーズの変化に合わせて柔軟に対応することができる)、対応力(現場の人々のニーズを細かく把握し、活動内容に反映できる)などがあります。
しかし、世界にはいまだに多くの問題があり、その改善には、まだまだ長い時間がかりそうです。また、私たちの力だけではどうにもできない問題が山積みとなっています。そのような状況の中で、私たちにNGOが出来る事とは何か?を探りながら、無理のない活動、無理をしない活動によって、継続できる支援活動を続けられればと思います。市民の目に触れることも少なく、身近に感じることが難しいNGO活動ですが、実は私たちの生活の身の廻りの「衣・食・住」は、途上国の人々に助けられていることが多くあることを、ぜひ知って欲しいと思います。
今、世界で起きていることは、決して他人ごとではないということを知って気付いて欲しいと思います。最後に、私の心に残っているマザーテレサさんの言葉を紹介します。
「愛の反対は、憎しみではなく無関心である」 マザーテレサ