ひきこもりの先に見えた、自分らしい生き方| Niente
最終回:自助活動の意義
団体設立のきっかけと準備
ひきこもり状態から外出できるようになったとはいえ、自立や社会参加にはまだ遠い状態でした。そんな中、自分に合う活動を探していたときに、心に大きな影響を与えたのが、映画「今日も明日も負け犬。」との出会いでした。この映画は、現役の女子高生たちが、体力的な制約を抱えながらも、自分たちだけの力で作り上げた作品です。彼女たちの姿から、マイノリティでも社会に影響を与えることができると知り、強く感銘を受けました。そして、私も何かを始め、夢を諦めずに挑戦することで実現できることがあるのではないかと感じました。
そこで、まずはNPOやボランティア活動について学ぶことからスタートしました。福岡市のNPO・ボランティア交流センター「あすみん」で行われていたNPOに関する講座に参加し、団体運営の基本から広報活動の仕方まで、必要な知識を得ていきました。また、「先輩NPOに聞いてみよう」というイベントにも定期的に参加し、他の団体から学ぶことができました。
過去に飲食チェーン店で働いていた経験を活かし、そこで学んだ経営戦略やビジョンの重要性をNPO運営にも取り入れました。団体運営では、ミッションとビジョンを明確にすることが、長期的な活動を支える基盤になると感じていたからです。
ミッション
「訳があって外に出られない人たちが、自分の手で幸せな生き方をデザインできるようにする」
私たちの団体は、安心できる居場所を提供し、自由に意見が言える環境を作ることで、既存のひきこもり支援とは異なる新しい支援の形を目指しています。
ビジョン
2026年までに、福岡地区で「当事者が主体となった支援設計」の成功事例として認知され、行政や教育機関にも影響を与えたいと考えています。また、福岡県全域で活動を広げ、個々のニーズに応じた支援の継続を大切にしながら、ひきこもりの生き方を一緒に考えていきます。
団体のミッションやビジョンをひとりで考え、運営していくのはリスクが伴います。特に、内部の人間関係や運営における統率が課題となることが多く、私自身も人間関係で苦労していたため、共同運営のリスクは高いと判断しました。そこで、AIを活用して団体運営に関するフィードバックを受けることにしました。
AIを使うことで、感情的なバイアスを避け、冷静で客観的な指摘を受け入れることができました。これが非常に効果的で、当初予想していた以上に有益なフィードバックを得ることができました。AIの指摘を取り入れつつ、あすみんの広報講座で学んだデザインやPRの手法を用いて、団体のミッションやビジョンをホームページやSNSで公開しました。
2023年4月、準備を経て、ついに「Niente(ニエンテ)」というひきこもり自助団体を設立することができました。この団体は、私自身の経験を活かし、困難を抱える人たちが自らの力で未来をデザインできる場所を提供することを目指しています。
※Nienteミッション:
※AI活用記事
団体運営の挑戦と学び
団体を設立して最初に行ったのは、ひきこもり状態の人たちが気軽に集まれるお茶会でした。しかし、最初の参加者は0人でした。この結果に当初はがっかりしましたが、逆に「改善のチャンスだ」と捉えました。思いつきで始めた活動だったため、不参加の期間を活用して「どうすれば安全で参加しやすい会になるのか」「ひきこもり当事者にどのように情報を届けるか」を深く考える機会となったのです。
まずは情報発信の方法を見直しました。公式ホームページだけでなく、SNSを活用してひきこもり当事者に響くメッセージを工夫しながら発信しました。この取り組みを通じて、ひきこもりに相性の良いツールや情報発信に適した時間帯があることに気づきました。
例えば、X(旧Twitter)は愚痴や悩みを吐き出す場として活用されており、そこで生きづらさを抱える人々が集まっていることが分かりました。対照的に、インスタグラムは日常の華やかさをシェアする場で、ひきこもりの方には合わないことが明らかでした。また、情報発信の時間を夕方から深夜にかけて変更すると、問い合わせや申し込みが増えました。彼らの多くは昼夜逆転の生活を送っているため、そのライフスタイルに合わせた情報発信が効果的だったのです。
その後、参加者は少しずつ増え、集まりも徐々に活気を帯びていきました。
※Nienteの活動紹介
団体運営は、私がひとりで行っていたため意思決定もスムーズでした。大きな困難には直面せず、最初に設定した「ここまでしかやらない」という撤退ラインが非常に役立ちました。団体の方針には「自身の心身の安全が最優先」と明記しており、無理なく活動を進めることができたのです。会の中で参加者同士の摩擦が生じることもありましたが、事前に掲げていたルールのおかげで大きなトラブルには発展しませんでした。
しかし、1年ほど経ち活動が広がるにつれて、新たな問題が出てきました。特に同じような活動をしている他団体や支援機関との間で、協力関係が競争関係に変わってしまうケースがありました。
社会を良くするという共通のゴールがあるはずですが、利害や価値観の対立から、時には敵視されることもあったのです。
さらに、ひきこもり当事者に寄り添う活動を続ける中で、家族からの反発も受けることがありました。当事者に焦点を当てる活動方針が、家族には「支援のあり方が不十分だ」と感じられたのです。支援者でもなく、完全に当事者でもない立場にいる私の活動に矛盾を感じる方が現れ始めました。
最初は戸惑いましたが、ここで団体設立時に掲げた理念が役立ちました。「自身が安全に活動できなくなる恐れがある場合は、活動を中止する」という方針を守り、私は迷わず一時活動を中止する決断をしました。ひきこもり支援活動の過程で、私自身が再びひきこもり状態に陥るようなことがあっては本末転倒です。むしろその方が「ひきこもりは物事を続けられない」という誤った印象を与えてしまう恐れがありました。団体設立時に家族が掲げた「安全第一」の原則は、最後まで守り続けました。
Nienteの理念
活動がもたらした変化
映画から影響を受けて始めた活動でしたが、時間が経つにつれて、「ひきこもり当事者や家族に影響を与えたい」という最初の思いは徐々に薄れていきました。むしろ、自分が他者に影響を与えられるという考え自体が、どこかおこがましいと感じるようになっていました。私は一人のひきこもり経験者であり、私の回復エピソードはあくまで一つの事例に過ぎません。それが他の人々にも当てはまるとは限らないのです。
この考えは、就労支援を受けた際の経験にも基づいています。支援の場では、成功事例が標準化され、その方法を他者に強要することがありますが、それは必ずしも効果的とは言えません。大切なのは、当事者自身の意思や選択です。誰かの成功体験を無理に押し付けられることは、かえって当事者を追い詰めることもあるのです。私自身も、就労支援で「正しい」とされる方法に適応できず、苦しんだことがあります。
むしろ、活動を通じて教えてくれたのは参加者の方々でした。彼らとの雑談や意見交換の中で新たな気づきを得ることが多く、団体運営において私は「提供者」というよりも、共に学び成長する存在だと感じるようになりました。
さらに、ひきこもりの人々に居場所を提供したつもりが、その居場所は私自身にとっても重要な意味を持つようになっていました。無職で肩書きのなかった私に、「NPO代表」という新たな肩書きが生まれたことで、自信が芽生えたのです。団体を設立してから、周囲の人々の接し方も変わったように感じます。以前は、自立できない、支援が必要な無職の男として見られていましたが、今では「ひきこもりを乗り越え、自助活動を展開するNPO代表」として扱われるようになりました。これは私にとって、まさに人生が変わった瞬間でした。最終的には、私自身がこの活動で一番救われたのかもしれません。
新しい役割がもたらした自信と成長は、団体の活動にも大きな力を与えてくれました。活動を始めた当初は、誰かに何かを与えたいという思いがありましたが、最終的には、自分自身の成長を大切にするものへと変わっていったのです。
※福岡ひきフェス取材
自分の人生をデザインするということ
現在は大きな活動は行なっておりませんが、私の団体のビジョンやミッションは変えるつもりはありません。「ひきこもり自身の手で幸せな生き方をデザインする」ということが、私の活動の核です。このビジョンは、ひきこもり当事者にとって非常に重要だと思っています。なぜなら、ひきこもりを含め、多くのマイノリティは他者から提示された生き方を選びがちだからです。
たとえば、「このサービスを利用しましょう」「この仕事に就きましょう」といった提案です。こういった生き方は、結局他人の人生を歩んでいるに過ぎません。そして、そうした生き方をしている多くの人々が口を揃えて「苦しい」「辛い」と言います。それを見た周囲の人たちは、「やる気がないの?」「そんなことじゃ社会では通用しない」と非難しますが、私はその考え方には疑問を抱いています。
本人が自分の意思で人生を選び、自分で決めた道を進んでいれば、困難に立ち向かい、乗り越える力が生まれると信じています。かつての私も、無気力で何もできなかった時期がありましたが、今では自分の人生を歩んでいると実感しています。
よく「人生はいつでも変えられる」と言われますが、以前の私はこの言葉が嫌いでした。現実味のない綺麗事にしか聞こえなかったのです。しかし今では、人生は確実に変えられると信じています。もちろん、努力だけでなく、運やタイミングも必要ですが、人生は変えることができます。時には予想外の方向に進むこともありますが、それが結果として自分に合っていることもあるのです。例えば、私が映像制作の道には進みませんでしたが、趣味で始めた活動が本業となった分野もあります。
あなたの人生をデザインするために
これまで連載を読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。この連載を通じて、私の経験が少しでも皆さんのお役に立てれば嬉しく思います。ひきこもりの方々やその家族、そしてこれからNPOを立ち上げようと考えている方々へ、私のメッセージを送ります。
ひきこもり経験者として、私自身が学んだのは、人生は自分の意思でデザインできるということです。誰かに押し付けられた生き方ではなく、自分自身の価値観や希望を反映させた生き方を選んでください。困難に直面しても、それはあなたが選んだ道だからこそ、乗り越えることができるのです。
そして、団体を立ち上げようとしている方々へ。NPO運営は決して簡単なものではありませんが、あなたが感じた情熱やワクワク感を信じて、ぜひ一歩を踏み出してください。その道は必ず、あなた自身にとっても、そして周囲の人々にとっても、素晴らしいものになると信じています。
これから団体を作ろうと考えている方々に伝えたいことがあります。それは、「トラブルは必ず起きるもの」という前提で活動を進めることです。予期しない問題が発生するのは当然のことです。あらかじめ「トラブルは避けられない」と思っていれば、心に余裕が生まれます。これは、九州在住の方ならお分かりいただけると思いますが、台風が毎年必ず来ることを想定するような心構えです。心の準備ができていれば、そのための備えができます。トラブルを恐れるよりも、団体を立ち上げたいと感じたときのワクワク感を大切にして、その思いをビジョンやミッションに反映させてください。
そして、異なる分野の人たちとの交流も非常に大切です。同じような活動をしている人たちとの意見交換は有意義ですが、考え方が似ているため新しい視点を得ることが少なくなることもあります。私はアートマネジメント講座に参加したとき、「ひきこもりがどうしたら社会参加できるか」という質問をアーティストに投げかけました。すると、「なんで社会に出なくちゃいけないの?私たちもひきこもりみたいなものよ」「ひきこもらないと創作活動なんてできないよ」と返ってきたのです。この言葉に衝撃を受けました。新しい視点を得ることで、私の活動もより豊かなものになると感じました。
※あすみんNPO基盤強化講座