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独身でいる勇気

私は今年で29歳になる独身女だ。家族も親戚もない異国の地で、楽しく気ままな一人暮らしを続けている。

海外生活も10年目に突入し、気づけば日本でいうところの「結婚適齢期」に入ってしまっていた。それに伴い、日本を出て以来ずっと無関係でいられると思っていた「『誰かの妻になる』という社会的義務」を果たそうとしていないことへの負い目が、自分の中で最近肥大してきているような気がする。

私の住むカナダ、バンクーバーでは、パートナーはいても籍は入れないと言う女性や、子を持たないという選択をした女性に多く出会う。40歳を過ぎての出産も珍しくない。多様なジェンダーや恋愛、性のあり方に寛容な土地であるからか、結婚をしてようがしていまいが、子供が居ようがいまいが、仕事に趣味にボランティアにと、生き生きとした時間を過ごしている女性たちと会う機会が多い。私も彼女たちから日々、元気をもらっている。

だからこそ、”とうとう結婚・出産適齢期を迎えてしまったアラサー”である自分が、今更日本に本帰国しようとはなかなか思えない。結婚する意志の低い自分が、他人や親族の目を気にして生きづらくなることを恐れているのだ。

中高時代の同級生、先輩、後輩たちの結婚、出産報告は主にSNSを通して知る。思い返せば、結婚や出産が早かった女友だちの多くは、中学生の頃からすでに「結婚して家庭を持つ」「できれば早めに子供を産む」という夢を将来ビジョンの中にしっかり持っていた。

そんな彼女たちとは対照的に、私はできるだけ早く海外に出て、英語を使いながら現地で学校に行ったり働いたりすることを夢見ていた。当時描いていた未来の自分像は、皺のないスーツを着こなした「国際社会、パブリック」の中で生きる、格好いい、自立した女性。そんな未来の自分の「プライベート」面での自己実現や夢は、どういうわけだか一切考えていなかった。休日は好きな時間に起き、文章を書いたり、本を読んだり、晴れた日は散歩に出て、美術館やカフェを巡る。幼い頃から変わらない、根っからひとりっ子気質の自分が、今も私の私生活の大半を占めている。昔も今も、一人の時間を過ごすことが一番の幸せだ。

そんなわけで、気の迷いから出会いを探したことは今までに何度かあるが、自分のペースや心の平穏が乱される不快感に耐えられず、2ヶ月と続いたことがない。無理をしているのだから、当たり前か。

尊敬するエッセイストの一人であるジェーン・スーさんのご著書「貴様いつまで女子でいるつもりだ問題」を読み返していたら、三十路の心得の一つに以下の点が挙げられていた。

未婚ならば、早めに結婚すべし。
 三十代の独身生活は、あまりにも自由すぎて楽しすぎる。……自由を満喫する三十代独身者は、気軽な単独生活をなかなか手放せなくなります。
 しかし、一生自分の家族を持つ必要はないと断言できる独身者がわずかなのも事実。であれば、まだ結婚に夢や希望を感じ、たったひとりと添い遂げる腹を括れる(気がする)うちに、さっさと結婚してしまう方がいいと思います。……
 全ての既婚者が徳のある人間だとは言いませんが、不快なものをどんどん切り捨ててきた独身者は、挙句に陸の孤島で孤独を噛みしめることになる。それが嫌なら、手放せない自由裁量権の存在を実感する前に、さっさと入籍するしか手はないでしょう。というか、それ以外に方法が見当たらない。

ジェーン・スー「貴様いつまで女子でいるつもりだ問題」幻冬舎(2014年)

ちょうど10年前、私が日本を出た年に出版されたエッセイ。今の日本社会における未婚女性に対しての重圧は、少しは減っていて欲しいと願う。しかし的を得ているのは、結婚には勢いと思い切りが必要で、歳を重ね、経済的に自立し、好き放題に生きられる段階になるとその勢いはだんだんと減っていくと言う点だろう。なにせ今の私がその具体例である。結婚への憧れが幼い頃から欠如しているというのも手伝ってか、一人暮らしは日を追うごとに楽しくなってきているし、好き放題できる「自由裁量権」を、まだ手放す気にはなれない。だってやっと仕事も板についてきたし、やっと自由になるお金もできてきたところで、毎日が楽しすぎるんだもの。

独身でいる勇気を持ちつつけるか、つまりスーさんの言う「一生自分の家族を持つ必要はないと断言できる独身者」であり続ける自信があるかと問われると、そうとは言い切れない自分がいる。いつかマインドが切り替わって、「仕事と趣味の往復だけの生活に飽きた」とか「やっぱり一生独身でいるのは耐えられない」といった理由で、急にパートナー探しを始めるのかもしれない。その時どきの自分の心に従って行動していきたいのだが、なんせ日本の「女性は若ければ若いほど、恋愛婚活市場での価値が高い」と言う、まるで言わずもがなの定説かのように謳われる文句に、未だ私も囚われている。だから30歳を目前にした今、闇雲に結婚相手探しに焦っていなければならないのでは、と感じている。現実には、ひとり身の毎日は相変わらず楽しく、カナダにいると誰も結婚・出産への重圧をかけてこない。

実家や高校という、狭い世界を出て10年、いろんな女性の幸せな人生があることを欧米で見てきた。子どもやパートナーの有無に関わらず、彼女たちを尊敬し、大好きでいる自分に気づく。…本当は、ずっと前から気がついているのだ。自分自身にも同じ目を向けたいと願っている自分がいることに。

ローティーンからの夢を叶え、ひとり海外で逞ましく生きている自分を、もっと誇っていいのだろうか。幼い頃から早く結婚して家庭を築こうという夢を実現した女友だちも、私も、同じように腹を括って、自分が人生で譲れないものを手に入れた。それってどちらも結構すごいことなんじゃないだろうか。

20代最後の年を迎える私が、30代の自分に夢見ること。それは今まで通りの、気ままで楽しい毎日を送ること。そしてそれ以上に、母国にいたら普通に期待されるはずの「一般的な女の在り方」にそぐわない生き方を選びとった自分を許すこと。自分らしくあることを認め続けること。自分が生きやすい環境を、自分で作り続けること。

全部はできない、それでも自分を好きでい続けたい。

些細なようで大きな夢。それを今年も日々、実行していけますように。


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