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【短編小説】大怪獣の木像  もりたからす

アイドルくずれの姉が、ローカルラジオ番組の中継を担当していた。

「さあ、そしてみなさん、お待ちかねですかね。こちらが、その、大怪獣の、えー、銅像、あ、木像なんですね。大怪獣の木像です。
うわー、すごいですね。なんか、リアル。すごいですね、これ。制作に当たってはご苦労も多かったそうです。いやー、すごい。
こちら、なんと30個限定での生産ということでね、欲しい方はお早めに、ということです。

さあ、まだまだご紹介したいものばかりですが、そろそろお時間になりました。えー、本日は県立美じゅ、失礼しました、博物館で開催中の、世界の怪獣が一堂に介しました、だ、いや、怪獣展から、わたくし、カネサカ ミオがお届けしましたー。

それでは、スタジオのイタバシさんにお返ししまーす。がおー」

翌日早々、恋人に車を出してもらった。市外にある目的地へ一番乗りをするため、僕たちは朝食も取らずに出かけた。

「お姉さんに頼めば買ってきてもらえたんじゃないの?」
「疎遠だから」

鼻で笑って彼女は、信号待ちで熱いブラックコーヒーをすする。カフェインにも自動車にも弱い僕は、どこかで聞いた酔い止めの効能を信じて、炭酸水を一口。

「とにかく、限定生産なんだから早く行かないと」

国道を走る車の全てが怪獣展を目指しているように思われて、僕は焦れていた。

「最終日も近いんだから、下手すりゃもう売り切れてるよ」

開館時間を迎えた県立博物館には、僕たちの他に一人の客もいなかった。恋人はトイレに向かい、僕は早速、怪獣展併設のショップをうろつき、大怪獣の木像を探した。

売り場を3周してから、諦めてレジを目指した。女性店員は手ぶらの僕を見ると、後ろの青いついたてに向かって声をかけた。するとそこから白髪の男性が、書類を手にして現れた。

「大怪獣の木像のご注文ですか」
僕は頷いた。
「それでは、こちらに必要事項をご記入ください」
こちらに渡す前に、男性は胸ポケットから抜いたボールペンで、書類の右肩に「6」と記した。

「あの、その大怪獣の木像なんですが」
「ええ、こちらは受注生産になりますので、ご注文を受けてからの製作になります。お届けは12月中を予定しております」
「大きさはどれくらいになりますか」
「高さが15センチ弱ですから、ちょうどスマートフォンくらいになりますね」

いつの間にか隣に来ていた恋人が、水色のバッグからスマホを取り出し、僕に向けて小さく振った。まるで大怪獣のような、ささやかなサイズ。

その大きさにがっかりしたのか安心したのか分からないまま、僕は必要事項とやらを埋めていった。郵便番号と電話番号には自信が持てなかったが、書き込んだものを見せると恋人は頷いた。

書類の中ほどには「34000円+送料」と記されていた。先払いらしいが、それだけの額を持ち歩く習慣は僕にはなかった。

困った時、右を向くのが癖になっていた。目が合うと、恋人は真っ赤な革の財布を開き、取り出した万札を3枚、僕に渡した。

「ハッピーバースデー、アンド、メリークリスマス」

記入事項の確認とレジ操作を済ませると、男性は書類の下部を切り取り、やはりその右肩に「6」と書いた。

「こちら、お客様控えになります。年が明けても商品が届かない場合は、そちらに記載の連絡先にお電話ください」
「この数字は、注文数ですか」
「さようでございます」

恋人は笑って僕を小突いた。そう急ぐこともなかった。

他の5人は自分でお金を払えただろうか、と僕はつまらないことが気になった。

それから、どこにあるか分からない製作所のことを考えた。薄暗いその作業台には、大怪獣にふさわしい大木を加工した木材から、さらに小さく切り出した30個の木片が並んでいて、一片ごとが大怪獣になる日を夢見ているのに、このまま明後日、怪獣展の最終日を迎えてしまえば、残り24個は、大怪獣になれない。


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