【書評】ちいかわ(1)〜(6) もりたからす
1549年、フランシスコ・ザビエルによって、日本にキリスト教が伝えられた。
時は流れて2024年、九州在住の友人によって、私の手元に「ちいかわ」が伝えられた。
西洋から見れば未開で野蛮、邪教を奉ずる極東に信仰心一つでやってきた宣教師も立派だが、既に「ちいかわ」が流行している本州ど真ん中にわざわざ新幹線で布教に来た友人もなかなか見所がある。
頭頂部を剃り上げ、腕をクロスして斜め上を見ていれば、いつか誰かが肖像画にしてくれるかもしれない。
「ハッピーバースデー」と言って友人は、「ちいかわ」1巻を私にくれた。10月は私の誕生月であるから、皆さんもぜひこの友人を見習ってほしい。
早速読んだ「ちいかわ」は大変に面白く、気付いたら私は6巻までの既刊全巻を購入しており、いつの間にやらアニメも一気に視聴してしまった。完全にハマっている。
他人に勧められてどハマりし全巻揃えたマンガは『五等分の花嫁』以来である。(言うまでもなく三玖推し。名前がミクでイメージカラーが青系の人、大体好き。)
さて、「ちいかわ」。
『なんか小さくてかわいいやつ=通称「ちいかわ」たちが繰り広げる、楽しくて、切なくて、ちょっとハードな日々の物語』と1巻裏表紙にある。
確かに主要キャラは、主人公「ちいかわ」をはじめみんな小さくて可愛い。内容は楽しさ満点、切なさもあり、物語として、また娯楽としてかなり質が高い。
しかし「ちょっとハードな」という表現には疑問が残る。
ちいかわワールドは、はっきり言ってかなりハードでタフな世界である。
端的に表現すれば「肉体労働による経済的自立が強く要求される、低度資本主義社会」とでもいおうか。
通常、小さくて可愛い生き物には経済的自立は要求されない。バリバリ働くチワワ、がっぽり稼ぐスコティッシュ・フォールド。異常である。
ところがちいかわ族は、働かねばならない。働いて得た賃金で殺傷能力のある刺股を購入しないと安心して暮らすことができないのだから、その治安の悪さには銃社会アメリカもびっくり。
そして労働の種類は限られている。原則として「草むしり」か「討伐」の2択。狩猟採集文化からの発達がまるで見られない。第一次産業への転換すら進んでいる気配がないではないか。他に工場での単純加工や、難関資格の取得を前提とした接客業の描写もあるが、やはりちいかわワールドのハードさは並大抵ではないと思わせる。
ちいかわ世界にはカメラ、大量生産のインスタント食品など、高度な工業品も散見される。しかしそれにしては諸々の社会資本整備が遅れている。あちこちに食料が湧いて出てくる環境に甘んじる行政の怠慢をあえてここで指摘したい。
ここで話題を大きく変える。キャラクターについて。
ちいかわキャラはいずれも魅力に満ちている。小さくも可愛くもないはずの「鎧さん」や「オデ」、「マンボウ」、「なんかでかくて強いやつ」にさえ愛嬌があって推せる。
中でもとりわけて私が好きなのは主要トリオの一角にしてちいかわワールド屈指の知性派「うさぎ」である。(ここでこの意見に反対の読者には「ハァ?」、賛成ならば「プルルルルルルル!!!」というリアクションを取ってもらいたい)
うさぎの魅力をここに書き尽くせる自信は毛頭ない。どこから見てもうさぎは最高。
初登場時はちいかわと同じ平仮名かつ点々多用の曖昧発話だったものが、いつの間にやらその実力を発揮し、今や大抵の用件を「ヤハ」、「ウラ」、「フゥン」、「ハァ?」で済ませる個性を身に付けたうさぎ。
6巻では四字熟語「ツツウラウラ」を、適切な用法で繰り出す知性を見せた点も記憶に新しい。
マイペースで傍若無人に見えて、みんなと一緒に踊る時はちゃんと揃えるし、他人のお菓子とか遠慮なく食べまくるけど、食糧湧きドコロの情報は真っ先に共有してくれるところも好き。ギターも弾けるし、トランプも上手に切れる。基本的にご機嫌だし、倍速も普通にできるからすごい。
私は意味不明なことに時間をかけるのが趣味なので、当記事執筆にあたり「ちいかわ」全巻を改めて読み返し、「うさぎ全セリフ抜粋メモ」まで作成してしまった。それほどまでに熟読したことで、とうとううさぎの魅力の真髄、可愛さの秘密に辿り着いたので、ここでそれを発表したい。
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全キャラ中、うさぎの眉毛が最も長い。
これは発見だった。長い分、へにょんと丸まっていて、憎めない愛らしさが滲み出ている。目上の人の前でも常に腕組み、足クロスして返事は「ハァ?」だけど目をかけられるのは、この眉毛によるところが大きいだろう。
そして何より、うさぎは草むしり検定3級保持者である。この実力、この知性。どこかの5級連続落ちとはわけが違う。
草むしり検定は最下級であるらしい5級ですら、取得後、行政機関の斡旋する職務における報酬増が約束されていることから、かなり専門性の高い資格であることが分かる。取得に伴い、担当エリアが拡大しているような描写もある。
5級では「絶対にむしっちゃいけない草」、「触るとかぶれちゃう金色の草」、「根っこが長すぎる場合の対処」、「この草の名前」といった実務における基礎的な知識が求められるようだ。
4級がこの応用であり、同様に取得後の報酬増と担当エリア拡大を伴うとすれば、3級取得者には一定レベル以下のエリアでのインストラクター資格も付与されると私はにらんでいる。
また仲良しトリオの中でうさぎだけ、群を抜いてキノコの知識に長けていることから、4〜3級では菌類を扱うより高度な専門性も問われると考えられる。
うさぎの賢さの底が知れない。しっぽもモフモフで可愛いし。
実は当初、私はハチワレに惹かれていた。トリオ中では唯一の言語コミュニケーション可能個体であり、性格はもちろん善良。穴に落ち、雨まで降って来た際の「喜びがない〜…」など独自のセンスも光っていた。しかし、無垢で、喋れるからこそのやばさがハチワレにはある。それをあぶり出したのは我らがエースうさぎである。
うさぎは他者のペースを意図的に無視する強さがあるため、時として相手の本質、弱点を白日の下に晒す。
思えば、モモンガとの初対面でもそうだった。あの悪意の塊、身勝手の権化にして要求のバケモノことモモンガが、うさぎに対しては「あっちいけッ」しか言えない。攻撃力にパラメータを全振りしたモモンガに対し、それを上回る攻撃「ウラララライィィィイィハァア」をぶつけることで、その防御の不得手を浮き彫りにするのがうさぎの在り方といえる。
それではここで1巻41ページ「ともだち」から、うさぎとハチワレ初対面の会話を抜粋したい。
『うさぎ「ウラララララララララ」
ハチワレ「わわッ」
うさぎ「ィイイイヤァーハァ」
ハチワレ「声でかっ」』
ハチワレのやばさが伝わるだろうか。
まず、うさぎのコミュニケーションになんら瑕疵のないことを確認しよう。「ウラララララララララ」における「ラ」の数は9個。日本人が一度の会話で発する「金村美玖」の回数が平均して15回だという研究結果があるので、「ラ」の数としてはむしろ少ないくらいだ。
「ィイイイヤァーハァ」については、映画『トイストーリー2』のジェシーも挨拶がわりに使っていたし、そちらの方が回数も遥かに多い。うさぎには全く落ち度がない。
それに対してハチワレの「声でかっ」の残酷さはどうか。初対面で相手の個性に、それも平易な口語(=でかっ)で言及することは、一般に礼儀に適った作法ではない。それも笑いながら、である。擁護のしようがまるでない。
もう一点、ハチワレの恐ろしさを感じるエピソードがある。それはずばり「青雲」だ。
5巻49ページにおいてハチワレは最近好きな歌を歌う。歌詞はうろ覚えだとしつつハチワレはこう歌った。
『ラララーラララールルラールラひかりー
ラララールーラーきぼぉー』
『青雲』を聴いて好意的な感想を持ち、良い曲として友人に教えたいと思った言語コミュニケーション可能な生き物が、「青雲」部分を覚えないことが果たしてあるだろうか。熟語としての意味は分からずとも「せーうん」は『青雲』において最頻出単語である。そこ以外をうろ覚えろ。
ちいかわワールドでは、どうやらちいかわ族は何らかのきっかけでキメラ化、モンスター化し、討伐対象となる定めらしい。仲良しトリオの中で、現時点で最もそれに近いのはハチワレではないかと私は考えている。無邪気さの中に秘められたいびつさは、いつか何とかならなくなるのではないか。