【詩】二つの詩作・たばことつくえ もりたからす
◯煙草、タバコ、たばこ
昭和三十五、六年
本家の援助を受けたとやらで
県道沿いに建った
やがて私の生家となる木造二階建てを
祖父と父とはそれぞれに
短命ながらも丹精込めて
二代続けて内側から徹底的に燻した
幾何学、居間の天井模様
吊るした廊下のハリセンボン
狭くて二階の和式のトイレ
白だか紫煙で黄色に染めて
順ぐり人は死んでゆくもの
南の十畳が祖母だけの部屋となり
北の六畳に立派な仏壇が入ると
父はひとりであとたった十年
金ピカ黒檀せっせと燻した
順ぐり人は死んでゆくもの
私は生家を処分して
もう本家とは交流がなかったから
あまり立派でない家を建てた
私は煙草を吸わないけれど
平成まるまる燻されて
内側から損なわれた
ワタシはタバコを吸わないけれど
筋金入りの喘息患者
複数の空気清浄機が安普請を
気休め程度には清めてくれる
わたしはたばこを吸わないけれど
隣家の煙草が気にさわる
◯机と机と机と机
私は
所有している
四つの 机たちを
居間には安価な座卓が一つ
ベトナム生まれのウレタン塗装
私が選んで私が使ってそれなのに
私の知らない傷がある
ある 複数
たくさんの 筆記具
中に 引出しの
シャープペンシル十二本
鉛筆五本
ボールペン十五本
消しゴム一つ
小刀二本
筆ペン一本
ルーペが一つ
つまらない日本語ばかりが
役に立たない英語ばかりが
結局私のほとんど全てが
この机から生産される
和室には文机
書き物をするために求め
書き物をするはずの机
引き出しは大小三つ
ルーズリーフが一生分
手帳リフィルも数年分
インクボトルが約五本
捨てられない証明写真の
ふさわしく無表情の私が
折り重なって誤差の範囲で
いくらか老けたり若かったりしながら
チタンフレームだけは変わらず
緊張しながらこちらを見ている
自室にも座卓
ナチュラルオイル仕上げで
メイドインチャイナ
お客様、一度に二つ良いことはありません
デスク用ライトのちょっと良いやつ
大きいノートの悪くないやつ
英英辞典の引きやすいやつ
置いて並べて据えてはみても
冬は寒くてここにはいない
夏は暑くてここにはいない
春と秋にも理由をつけて
私はどうにも自室にいない
私にこの座卓を売った
家具屋の店員のことを覚えている
マスクを外さなければ彼女は
カキハルカに似ていた
そして彼女は私の前で
一度もマスクを外さなかった
最後の一つは栗の小机
栗の小椅子と揃いの小机
見惚れて老舗に由来を問うと
母の母校の小机を
模してこさえた物という
母の母校は私にとって
どうやら祖母でもないらしい
学校サイズの小机は
掃除の時間を待たずとも
ぞうきん係じゃなくたって
どこでも気軽に運んでゆける
居間に
和室へ
自室さえ
動かすたびにぶつかって
些細な凹みが増えるだろう
いずれ全てが愛おしく
なるのかどうかも知らないが
いまだそれほど使っていない