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落ちる気満々のABC-MARTの面接
面接会場。
グループ面接で4~5人横一列に座り、面接官は2人だった。
今でも面接官の方の顔と名前は覚えている。
左端の方から志望動機を話す。
最初の方は同い年くらいの男性。
その次の方は30代半ばか40代くらいの男性。
とても年上に見えた。
2人とも緊張していて声が震えており、面接の例文に出てくるような志望動機だった。
それを聞いて私も緊張してきたのである。
なぜか?
実を言うと志望動機を考えてこなかった。
落ちる気満々なので、他の方のを聞いて真似しようと考えていた。
同じようなことを言って面白みがない人間に見せたかった。
でもここへ来て、嘘をつく事に罪悪感が出てきたのである。
そんな時、数か月前靴の接客を受けていたことを思い出した。
『次の方、志望動機を教えてください』
私の番が来た。
あの日の記憶を呼び戻す。
『実は靴に興味はないです。自分のサイズすらはっきりわかりません。ただ・・・テニス帰りに上野で接客をしていただいて。運動後に立ち寄ったので、私の足・・・相当臭かったと思うんですけど、ずっと笑顔で接客していただいたことが印象に残っています。』
靴に興味がないとはっきり言えた。
入社したいことも言ってない。
こんなエピソードだけで受かるはずがない。
・・・と、面接官を見ると肩を震わせ笑っている。
他の応募者からもふふっと笑い声が漏れていた。
接客業をバイトにしてきたおかげで、感じ悪く話すことが出来ず、ニコニコと面白おかしく話してしまった。
《あぁ・・・関西人のウケを狙う悪い癖が出てしまった。》
とっさにそう思った。
『どこのお店ですか?上野は何店舗かあるんです。』
面接官から場所を聞かれた。
『えっと・・・アメ横の入り口の左側にあるお店です。』
ここで私はハッとする。
《やばい・・・よく考えたらあのお店・・・競合他社だ。ABC-MARTじゃない》
予想外に嘘をついてしまい変な汗が出た。
面接が終わり、ドッと疲れた体を引きずり帰路についた。
面接を受けたことなどすっかり忘れていたある日。
携帯に留守電が入っていた。
コンビニのバイト中で、昼休みにそのメッセージを聞いた。
『アスカさん選考の結果、合格となります。配属店舗は銀座店。8月〇日よりアルバイトとして出勤ください』
《だああああああああああああああ?!》
《やばい。合格してしまった。》
《えっ?ぎ、ぎ、ぎ、銀座?》
受かってしまった。
なぜだ。
ウケたからか?志望動機より、やはり会話ができる人材重視だったのか?
辞退すれば良いのに、なぜかあの当時辞退する選択肢を思いつかなかった。
それは今でも不思議である。
バイト初日に働いて、やっぱ合わなかったですって言う考えしかなかった。
コンビニのオーナーにも
『きっとすぐ辞めて戻るから‼』って伝えて、しばらく籍は残しておいて欲しいとお願いした。
笑いながら戻る気満々で私は、人生の分かれ道を右の方に進んだのである。
続く
【次回、初バイト日in銀座店】