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宇宙の歴史:電弱対称性の破れから加速膨張に至るまで

私たちのいる宇宙はどのように始まって現在の姿に至っているのでしょうか.

人類はこれまで,一般相対論にもとづいた宇宙の時空を記述する理論と,宇宙マイクロ波背景放射やIa型超新星などの観測結果を組み合わせることで,宇宙におけるエネルギー組成を求め,宇宙の膨張史を明らかにしてきました.また,巨大な加速器を用いた高エネルギー実験により,きわめて高温高密度にあったごく初期の宇宙の理解も進んでいます.

今回は最近の研究成果にもとづく宇宙の歴史を,宇宙が始まっておよそ10のマイナス12乗秒後のごく初期の宇宙から加速膨張に転じた現在の宇宙まで,簡単に紹介していきます.

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https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Galaxy_Cluster_Abell_1689.jpg



およそ10のマイナス12乗秒(電弱対称性の破れ)

初期の宇宙はインフレーションによって指数関数的に膨張し,ビッグバンを経て現在に至ったと考えられていますが,宇宙の本当の始まりを記述できる理論はまだ構築されていません.そこでここでは,すでに確立した理論とされている素粒子標準模型で記述できる範囲から始めます.

自然界ではたらく力には4種類が知られています.比較的身近な力は,質量を持つ物体の間にはたらく重力と,電荷が電場や磁場と相互作用することで生じる電磁気力です.それらに加えて,主に原子核内ではたらく力である,強い力と弱い力があります.

宇宙が始まっておよそ10のマイナス12乗秒より前の時代では,きわめて高いエネルギー状態のため電磁気力と弱い力は一体化していて,電弱力と呼ばれる力になっていたと考えられています.それがおよそ10のマイナス12乗秒において,宇宙膨張によって宇宙の温度が下がることで,電弱力は電磁気力と弱い力に分離して,それ以後は異なる力として振る舞うようになります.この現象を電弱対称性の破れといいます.

このとき,対称性の破れに関するヒッグス機構という過程によって,ほぼすべての素粒子が質量を獲得します.ただし,電磁気力に関する対称性は破れていませんので,それを量子化した粒子である光子については質量はゼロのままです.

この段階で宇宙にある粒子は,6種類のクォークと,電子や各種ニュートリノを含む6種類のレプトン,力を伝える粒子である4種類のゲージ粒子,そしてヒッグス機構に本質的な役割を果たすヒッグス粒子です.当時の宇宙ではこれらの多彩な粒子がお互いに相互作用しながら存在していました.また,正体不明のダークマターを構成する粒子も存在していたと考えられますが,他の粒子とはほとんど相互作用しません.

これらの粒子のうち,ヒッグス粒子とトップクォーク,W粒子,Z粒子は,早い段階で他の粒子に変わって消滅してしまうため,その後はほとんど残りません.さらに,ボトムクォークやタウ粒子,チャームクォークも消滅すると考えられています.

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%99%E6%BA%96%E6%A8%A1%E5%9E%8B


およそ10のマイナス6乗秒(クォーク・ハドロン相転移)

宇宙が始まっておよそ10のマイナス6乗秒が経つと,宇宙にあるクォークは単独で宇宙を飛び回ることができなくなります.クォークの間には4種類の力のひとつである強い力がはたらきますが,強い力はクォークの間の距離が大きいほど強くなってしまうためです.

強い力によって複数個のクォークが結合した複合粒子をハドロンと言います.ハドロンのうち,クォーク2個が結合した粒子をメソン,クォーク3個が結合した粒子をバリオンと呼びます.この頃までに宇宙に残っていたクォークはすべてハドロンになると考えられていて,その現象をクォーク・ハドロン相転移と言います.

クォーク・ハドロン相転移で生成されるハドロンには,陽子と中性子,ラムダ粒子,パイメソンなどがありますが,陽子と中性子以外は不安定なためすぐに消滅してしまいます.また,レプトンのひとつであるミュー粒子もこの頃に消滅します.

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https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/f/f3/Qqhadrons.png


約1秒(ニュートリノ脱結合)

宇宙が始まっておよそ1秒が経つと,ニュートリノ脱結合と呼ばれる現象が起こります.ニュートリノは弱い相互作用と重力を感じる粒子ですが,宇宙膨張によって宇宙の温度が下がることで,他の粒子と弱い相互作用をする確率がきわめて低くなるためです.

脱結合する前は,ニュートリノは他の粒子と反応して熱平衡状態にありました.そのため,脱結合の際のニュートリノのエネルギー分布はそのときの温度を反映していると考えられます.この頃の宇宙の温度はおよそ2x10^10 Kというきわめて高い温度です.

脱結合の後,ニュートリノのエネルギーは宇宙が膨張するとともに小さくなりますが,そのエネルギー分布の形は熱平衡状態にあったときのものと同じです.現在では,宇宙膨張の影響でエネルギーが下がって,温度がおよそ1.9 Kに相当するエネルギー分布をもっていると考えられています.この脱結合時のニュートリノは,宇宙空間に1cm^3あたり約340個あると考えられていて,宇宙ニュートリノ背景(CνB)と呼ばれます.ただ,ニュートリノは他の物質とほとんど相互作用しないため,宇宙ニュートリノ背景はまだ観測できていません.

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https://cantsleepapp.com/white-noise-pink-noise-or-noise-for-sleep/


約10秒(電子・陽電子の対消滅)

それぞれの素粒子には,質量やスピンの性質が同じで電荷などの符号だけが逆の粒子が存在します.これを反粒子と呼びます.粒子が反粒子と衝突すると光子などを放出して対消滅を起こします.

ニュートリノ脱結合の後,宇宙膨張によって宇宙の温度が下がることで,宇宙にあるほとんどの電子はその反粒子の陽電子と対消滅して光子を生じていきます.ただ,電子は陽電子よりも数が多いため,対消滅しなかった電子は自由電子として宇宙に残ります.

電子はマイナスの電荷を持っていますが,宇宙は全体として電気的に中性です.これは,マイナスの電荷を持つ電子の数が,プラスの電荷を持つ陽子の数とほとんど同じであるためです.実は陽子も,その反粒子である反陽子よりもともと多く存在していました.このように,電子が陽電子より多く,陽子が反陽子より多いことを,バリオン非対称性と呼びますが,その原因はまだよくわかっていません.

電子と陽電子が対消滅する際,エネルギーが発生します.宇宙膨張によって宇宙の温度は時間とともに下がりますが,電子と陽電子が対消滅するこの時代は,宇宙の温度の低下が緩やかになります.ただ,すでに脱結合しているニュートリノは相互作用しないためこのエネルギーを受け取りません.そのため,宇宙ニュートリノ背景の温度はそれまでと変わらずに宇宙膨張とともに冷えていきます.その結果,宇宙の温度と宇宙ニュートリノ背景の温度の間には,約1.4倍の温度差が生じます.

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https://supernova.eso.org/exhibition/images/matter_antimatter/


約3分(軽元素合成)

宇宙が始まって3分ほど経つと,宇宙の温度が下がることで,それまで陽子などと弱い相互作用を通して平衡状態にあった中性子の多くが,原子核反応過程を通してヘリウムなどの元素の原子核に取り込まれます.中性子は単独では不安定な粒子で,半減期約10分で陽子と電子,ニュートリノに崩壊しますが,原子核に取り込まれることで中性子は安定に存在することができます.

宇宙初期に作られる原子核はほとんどが原子番号1の水素と原子番号2のヘリウムです.その質量比はおよそ3:1になります.原子番号3のリチウムや原子番号4のベリリウムもわずかに作られます.ただ,それより重い元素はほとんど作られません.私たちの身の回りにあるさまざまな元素の多くは,ずっと後になって,恒星の内部での核融合反応や超新星爆発の際に作られます.その意味で,私たちは星のかけらからできているということもできます.

この段階で作られる原子核はまだ全てイオン化していて,電子は自由電子として宇宙空間を飛び回っています.


約6万年(放射と物質の等密度時)

ここまでの宇宙は放射優勢と呼ばれる状態にあります.放射優勢というのは,宇宙のエネルギー密度を主に担うのが放射である状態を指しています.放射優勢の宇宙では,宇宙は放射による強い圧力によって構造が成長できないまま膨張していくため,物質分布がほぼ一様でなめらかな状態が保たれます.

宇宙の始まりからおよそ6万年が経過すると,宇宙は放射優勢から物質優勢に変わります.これは,放射の方が物質よりエネルギー密度が急速に減少していくためです.

物質優勢期では,宇宙のエネルギー密度を主に担うのはダークマターになります.ダークマターは重力以外の相互作用をほとんどしないため,重力によって互いに集まっていきます.これにより,宇宙初期にあった微小な密度の非一様性がしだいに増幅していきます.そうした非一様性は,後の時代で星や銀河が形成される際の土台となります.

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約38万年(電子の再結合と光子の脱結合)

宇宙の始まりから38万年ほど経過すると,宇宙の温度が十分に低くなるため,それまでイオン化したままでいた原子核に自由電子が取り込まれて中性化します.これを再結合といいます.

それまで自由電子は光子と相互作用していましたが,自由電子が原子核に取り込まれると光子は物質とほとんど相互作用しなくなります.これを,光子の脱結合と呼びます.

脱結合した光子は宇宙空間をまっすぐ進むようになります.これを宇宙の晴れ上がりと呼びます.脱結合する直前の光子は自由電子と頻繁に相互作用していたため熱平衡状態にありました.そのため,脱結合の際の光子のエネルギー分布は当時の宇宙の温度である約3000Kに対応するものでした.脱結合の後,宇宙膨張とともに光子のエネルギーは低下していくため,現在では約3Kの温度に対応するエネルギー分布となっていて,宇宙マイクロ波背景放射として観測されます.

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約数億年(最初の天体形成)

光子が脱結合した後の宇宙では,最初の星ができるまで光を放射する天体が存在しません.そのため,その時代のことを宇宙の暗黒時代と呼びます.理論的な研究から,宇宙で最初の星が作られたのは,宇宙が始まってから約1億年から3億年くらいの頃と考えられています.ただ,それほど遠い宇宙にある星はきわめて暗いため,まだ観測で見つかってはいません.

光子が脱結合した後,ダークマターが先に増幅させていた非一様な密度分布にしたがって,バリオンも重力によって集積していきます.ダークマターの密度がある程度大きくなると,そこにある粒子のランダムな運動によって形が支えられるようになり,それ以上小さく収縮できなくなります.そうした構造をダークマターハローと呼びます.

ダークマターハローに集積したバリオンは放射によって熱エネルギーを放出できますから,ダークマターハローよりさらに小さく収縮していきます.そして,バリオンの密度が十分に高くなると星や銀河が形成されます.そうした天体が光を放射することにより,宇宙の暗黒時代は終わりを迎えることになります.

星や銀河といった天体からは紫外線も放射されるため,中性化していた宇宙はしだいにイオン化されていきます.これを宇宙の再電離と呼びます.現在では,宇宙空間にある水素原子はほぼイオン化しています.

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約90億年(減速膨張から加速膨張へ)

宇宙はしばらく減速膨張をしていましたが,宇宙が始まっておよそ90億年の頃にその膨張は加速膨張へと変わっていきます.加速膨張する宇宙では,重力によって物質が互いに集積していく効果より,宇宙膨張によって引き離される効果の方が強くなります.現在では,宇宙の大規模構造と呼ばれる銀河の織りなすクモの巣状の構造の形成はまだ進行していますが,その形成の速さはしだいにゆっくりになっていきます.

このまま加速膨張が続くと,遠くの天体から順に私たちから観測することのできない事象ホライズンの外へ出ていくことになります.事象ホライズンの外にある天体は,私たちは永遠に観測することはできません.やがて,地球から観測できる宇宙というのは,私たちのすぐ近くにある互いに重力で引き合っている少数の銀河だけになってしまうのかもしれません.

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参考文献

・新・天文学事典
https://amzn.to/3slCv6v

・現代宇宙論 - 時空と物質の共進化
https://amzn.to/3srors5


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