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影絵のモーツァルト

当時、小綺麗なアパートで一人住まいしていた辛島宣夫は、
横浜のラーメン博物館で週二回、影絵を切って収入を得ていた。

自宅に招かれた私は、本格的なサイフォンに驚いたが使っていないらしく、
彼は私にハンドドリップでコーヒーを淹れてくれた。

砂糖を持ってきた彼はそれを落としてしまったのだが、
良いアイテムがあるらしく、スーパーハボキなるもので掃除し、
なかなか使える事を確認してそのスーパーハボキを私にくれた。

話の流れで彼の著書の話題となった。

著書である "影絵のモーツァルト" で、残されたモーツァルトの影絵と、
自らの出生図解析によって、モーツァルトが肖像画のような容姿ではなく、
かなりの童顔で禿げており、実用的理由でカツラが必要だった事を述べた。

影絵というのは本当にその特徴を正確に浮き彫りにするものらしい。

そして彼が愛するモーツァルトは性病で死んだという。

結果、この著書はモーツァルトのファンを随分怒らせる事になったらしい。

「人は本当のことを知りたくないんですよ」

私はウケてしまったが、核心を突いているような気がした。

「都合の悪いことは聞きたくない・・」

私がそう言うと、静かに彼は頷いた。

出生図だけで私の容姿を予見できた影絵職人のモーツァルトと、
モーツァルティアンに理想化されたモーツァルトが同じ筈がない。

また、"八百屋お七" について、彼女の名誉のために著述しているらしく、
今は、タロットカードにも占星術にも運命学にも興味が無いようだった。

最後の大道芸人と謳われた "ギリヤーク尼ヶ崎" を知ったのもこの時だった。
写真集を見せられ「この人は死んだら新聞に載りますよ」と彼は言った。

彼は四度結婚して、四度離婚し、生涯結婚四度説などと言っていたが、
揉めた事は無く、その時点で在る財産は全てあげちゃうからだと言う。

「男は浮浪したって生きていけるけど、女性はそうはいかないからね」

と彼は言った。

なるほど "モテる" わけだと思った。