「宮沢賢治の宇宙」(37) 賢治は天体望遠鏡を持っていたのか?
朝日新聞『天声人語』
永久の未完成これ完成である (『【新】校本 宮澤賢治全集』第十三巻(上)、筑摩書房、1997年、16頁)
宮沢賢治のこの有名な一文は『農民芸術概論綱要』の「結論」に出てくる。
油断していたら、2024年4月1日、朝日新聞の朝刊の『天声人語』にこの言葉が引用されていて驚いた。前回のnoteではこの話をした(図1)。
ちょっと気になる「永久」
永久の未完成これ完成である
この一文の中に気になる言葉がある。それは「永久」だ。もし私なら? 仮定の話だが、「永久」ではなく「永遠」を選ぶ。その場合、次のようになる。
永遠の未完成これ完成である
ただ、どちらでもよいようだ。なぜなら、『広辞苑』(第7版、岩波書店、2013年)の説明によれば二つの言葉は同義だからだ。
「永遠」 始めもなく終わりもなく果てしなくながく続くこと。永久。
「永久」 いつまでも変わらずに続くこと。
ながく久しいこと。長くつづくこと。永遠。
私の好きな歌に『永遠の嘘をついてくれ』がある(中島みゆき 作詞・作曲)。もし、この歌のタイトルが『永久の嘘をついてくれ』だと、何となくピンと来ない。まあ、個人的な好みの問題なのだが。気にせず、話を進めよう。
『銀河鉄道の夜』の物語
数年前、賢治の童話『銀河鉄道の夜』を読んだ。この童話は1924年頃から書き始められたが、その後も改訂が続けられ、四つの原稿があることを知った。初期形一、二、および三、そして最終形(第四次稿)である(表1)。
『銀河鉄道の夜』はなかなか難しい童話で、よくわからないことも多い。そこで、調べてみると、『討議『銀河鉄道の夜』とは何か』(入沢康夫、天沢退二郎 著、青土社、1976年)という本があることに気づいた。このタイトルを見れば読む以外に道はない。半世紀前の本でも、神保町の古書店にはある。幸い手に入れることができた(図2)。
『銀河鉄道の夜』とは何か? この問題について討議した本なので、これを読めば『銀河鉄道の夜』を理解できる。そう思ったのだ。しかし、そうではなかった。『銀河鉄道の夜』がどのようなプロセスを経て書き上げられていったかを検証する本だったのだ(図3)。
私は図3を見て、とても驚いた。「こんなに詳しく調べられているのか!」
『銀河鉄道の夜』という童話を読んで楽しむどころの話ではない。完全に文献学の境地だ。こういう調査があって、私たちは『銀河鉄道の夜』を読むことができる。ただし、賢治の検閲を受けているわけではないので、賢治が認めた最終稿はどこにもない。ということで、前回のnoteにも書いたように、『銀河鉄道の夜』は永久の未完成の童話なのだ。
第四次稿は天体望遠鏡に見える?
ところで、図3の『銀河鉄道の夜』の原稿の変遷を見ていたら、第四次稿の部分が天体望遠鏡に見えてきた(図4)。
「そういえば、賢治は天体望遠鏡を持っていたのだろうか?」
こんな素朴な疑問が頭に浮かんだ。
答えは童話『土神ときつね』にある?
「星に橙や青やいろいろある訳ですか。それは斯(こ)うです。全体星というものははじめはぼんやりした雲のようなもんだったんです。いまの空にも沢山あります。たとえばアンドロメダにもオリオンにも猟犬座にもみんなあります。猟犬座のは渦巻きです。それから環状星雲(リングネビュラ)というのもあります。魚の口の形ですから魚口星雲(フィッシュマウスネビュラ)とも云いますね。そんなのが今の空にも沢山あるんです。」
「まあ、あたしいつか見たいわ。魚の口の形の星だなんてまあどんなに立派でしょう。」
「それは立派ですよ。僕水沢の天文台で見ましたがね。」
「まあ、あたしも見たいわ。」
「見せてあげましょう。僕実は望遠鏡を独乙(ドイツ)のツァイスに注文してあるんです。来年の春までには来ますから来たらすぐ見せてあげましょう。」狐は思わず斯(こ)う云ってしまいました。そしてすぐ考えたのです。ああ僕はたった一人のお友達にまたつい偽を云ってしまった。ああ僕はほんとうにだめなやつだ。けれども決して悪い気で云ったんじゃない。よろこばせようと思って云ったんだ。あとですっかり本当のことを云ってしまおう、狐はしばらくしんとしながら斯(こ)う考えていたのでした。樺の木はそんなことも知らないでよろこんで言いました。「まあうれしい。あなた本当にいつでも親切だわ。」(『土神ときつね』、『【新】校本 宮澤賢治全集』第九巻、筑摩書房、1995年、248頁)
真相やいかに???
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