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宮沢賢治の宇宙(83) 銀河鉄道はなぜ「はくちょう座」から「みなみじゅうじ座」へ向かったのか?
銀河鉄道の旅路
銀河鉄道はいったいどこを走ったのだろう? この疑問については、以前のnoteで考えてみた。
銀河鉄道の旅路を簡単にまとめると図1のようになる。
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たしかに、『銀河鉄道の夜』を読むとこのような旅路になっていることはわかる。しかし、根本的な問題は解決されていない。その問題とは次のことだ。
「宮沢賢治はこのルートをなぜ選んだのだろう?」
あるいは、次のように言い換えてもよい。
「なぜ「はくちょう座」から「みなみじゅうじ座」へ向かったのだろう?」
いくつかのアイデア
これまでに議論されたアイデアを紹介しよう。
[1] 8月の中旬、夜11時頃夜空を眺めると「はくちょう座」が天頂に見える(図2:『宮沢賢治・時空の旅人』竹内薫、原田章夫、日経サイエンス社、1996年、10頁)。「はくちょう座」の白鳥は南に向かって飛ぶ姿なので、南に向かうことを思いつく。南に向かっていくと、天の川に見える最も印象的な星座は「みなみじゅうじ座」である。8月の中旬、花巻から見て地球の裏側、南米のアルゼンチン沖では、この星座は夜中の3時頃、天頂付近に見える。そこで、この星座を銀河鉄道のゴールに設定した。かくして、銀河鉄道は夜の11時に白鳥の停車場、「はくちょう座」を出発し、翌朝午前3時(『銀河鉄道の夜』では「第三時」と書かれている)にサウザンクロスの停車場、「みなみじゅうじ座」に着くのだ(『科学者としての宮沢賢治』斎藤文一、平凡社新書、2010年、75頁)。
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[2] 賢治の愛読書『肉眼に見える星の研究』(吉田源次郎、警醒社、1922年)に「はくちょう座」の五つの星が北十字の形を作っていることが紹介されていた(図3)。吉田は『北の十字架』と表現している(193頁)。「みなみじゅうじ座」には南十字、『南の十字架』がある(吉田は星座名を『南の十字架座』としている)。北天の北十字、南天の南十字。賢治は吉田の本に啓発されて、南北の十字架を結ぶ銀河鉄道の路線を思いついた。なお、賢治はキリスト教にも造詣が深かった。
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[3] 「みなみじゅうじ座」には石炭袋と呼ばれる暗黒星雲がある。カムパネルラがこの暗黒星雲を「そらの孔(あな)」と表現したが、賢治はそらに孔が空いていると考えていた。
『銀河鉄道の夜』に出てくるカムパネルラとジョバンニの会話を見てみよう。
「あ、あすこ石炭袋だよ。そらの孔だよ。」カムパネルラが少しそっちを避けるやうにしながら天の川のひととこを指さしました。ジョバンニはそっちを見てまるでぎくっとしてしまいました。天の川の一とこに大きなまっくらな孔がどほんとあいてゐるのです。その底がどれほど深いかその奥に何があるかいくら眼をこすってのぞいてもなんにも見えずたゞ眼がしんしんと痛むのでした。 (『【新】校本 宮澤賢治全集』第十一巻、筑摩書房、1996年、167頁)
賢治はこの孔が異空間へ移動できる場所と捉えていたようだ。
一方、「はくちょう座」にも暗黒星雲が見えており、「北の石炭袋」と呼ばれている(図4)。すると、面白いアイデアが浮かぶ。まず、「はくちょう座」に行き、「北の石炭袋」から異空間へ移動する。これで銀河鉄道が走る世界へ行くことができる。そして、「みなみじゅうじ座」の石炭袋を通って、今度は現実の世界に戻ってくることができる。このアイデアは大塚常樹によって議論された(「賢治の宇宙論―銀河をめぐって」『賢治と宇宙 4』洋々社、1984年、72-85頁、アイデアについては83頁参照)。
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最後にもうひとつ。
[4] 偶然に思いついた旅路。特に根拠はない。
これを言っちゃあお終いよ、という感じだが、可能性としてはあるので書いておいた。実際のところ、誰もこのアイデアを提案してはいない。
賢治にとって異空間は身近なものだった?
賢治を語るとき、この“異空間”は一つのキーワードなので、今までもいろいろと議論されてきている。例えば、栗谷川虹の『宮澤賢治 見者(ヴォワイヤン)の文学』(洋々社、1983年、“見者の文学 — <神秘主義>と<幻想> 299-324頁)、そして上田哲の『宮沢賢治 その理想世界への道程』(明治書院、1985年、”賢治文学の宗教的考察 293-337頁)が挙げられる。なお、上田哲は石内徹 編の『宮沢賢治『銀河鉄道の夜』作品論集』(クレス出版、2001年)でも“「銀河鉄道の夜」の異空間”(175-194頁)という論考を書いている。
他にもあると思うが、まずは原子朗による『定本 宮澤賢治語彙辞典』(筑摩書房、2013年)を見てみよう(44-46頁)。
賢治の宇宙空間意識を支える重要概念の一。賢治作品ではしばしば死(転生)後の世界(冥界)の意味にも使われるが、現世でも銀河系の外に、あるいは特定の惑星付近に、異空間が実在すると賢治は考えていたようだ。
賢治の異空間に対する思いは、賢治の「兄妹像手帳」にも残されている(図5)。
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このメモには、次のように書かれている。
わがうち秘めし 異事の数、
異空間の断片
賢治は霊感が異常に強い。それだけでなく、実際に「異事」を経験したとしか思えない。賢治の水彩画に空が破れて、その向こうから人がこちらを覗いている絵がある(図6)。しかも、地面からは人の手が何本も出ている。仮に空想だとしても、かなり不気味なことが賢治の頭の中に浮かんだのだ。まさに、異空間との交流がこの絵には描かれている。
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石炭袋はそらの孔
「はくちょう座」には「北の石炭袋」、そして「みなみじゅうじ座」には石炭袋がある。これらは暗黒星雲である。ガスの密度が高いガス星雲だが、光を散乱・吸収するダスト(塵粒子)もたくさんあるので、背景からの光が吸収され、暗く見えている(図7)。
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これから星がたくさん生まれる場所でもある。しかし、人はそれに気づくことなく、そらの孔として畏れを抱く。天の川の地図を作成したウイリアム・ハーシェル(1738−1822)でさえ、そらに孔が空いていると考えていたそうだ。暗黒星雲が正しく理解されるようになったのは1920年代のことである。カムパネルラが石炭袋を見て「そらの孔」と言ったとしても、彼に罪はない。
そらの孔から異空間へ
銀河鉄道はジョバンニの夢の中ではあるが、天の川の中を走った。賢治にとっては、いつもながらの異空間の旅だったのだろう。
さて、なぜ銀河鉄道は「はくちょう座」から「みなみじゅうじ座」へと走ったかという問題に立ち戻ろう。四つの候補を挙げたが、最も受け入れら得ているのは [2] である。吉田源次郎の本は賢治の愛読書だったし、北の十字架から南の十字架へ行くというのはわかりやすいからだ。しかし、ここでは [3] の可能性について少し考えてみたい。
このアイデアでは、ジョバンニは「はくちょう座」の方向に見える暗黒星雲「北の石炭袋」から異空間へと旅立つ。銀河ステーションに止まっていた銀河鉄道にジョバンニは乗り込むことができた。そして、ジョバンニを乗せた銀河鉄道は白鳥の停車場に向かったのだ。サウザンクロス駅を過ぎたところで、ジョバンニは目を覚ます。気がつくと、また町外れの丘に戻っていた。この様子を図8に示した。
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この旅で重要なことは、次のことである。
現実の世界から銀河鉄道の走る天の川(異空間) ― 北の石炭袋を通過する
銀河鉄道の走る天の川(異空間)から現実の世界 ― 南の石炭袋を通過する
そらの孔である「北の石炭袋」と「南の石炭袋」が銀河鉄道の走る天の川という異空間と現実世界を繋ぐ重要な場所だったのである。
これでジョバンニの経験した銀河鉄道の旅が理解できる。しかし、ひとつ気になることがある。「南の石炭袋」から戻った現実世界の場所は南米のアルゼンチン沖だ。そこから町外れの丘まで戻るのはかなり大変だったろう。いったい、どうやって戻ってきたのだろう?
戻り道の手間を軽減する方法を考えてみた。それは銀河鉄道の走る異空間がメビウスの帯のような形状をしていることだ(図9)。帯状の紙をくるっと半分捻って結びつける。すると、「メビウスの帯(メビウスの輪)」が出来上がる。
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「はくちょう座」の北の石炭袋から異空間に入り、銀河鉄道に乗ったジョバンニ。「みなみじゅうじ座」の石炭袋に着く頃には、なんと気がつけば異空間から出てきていたのだ。
「さあジョバンニ、町外れの丘はすぐそこだよ。」