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天文学者のひとり言(6) 谷川俊太郎はどんな火星人を思い描いていたのだろう?

前回のnoteで、詩人の谷川俊太郎は二十億光年の孤独を癒すために、火星人と友達になりたかったという話をした。

残念ながら、今のところ、火星には生命の痕跡が見つからない。水が存在していたらしいことはわかっているが、火星人はいなさそうだ。

火星人(宇宙人、異星人)と言えば、少し歴史を遡るが、英国のSF作家であるH・G・ウエルズ(1866-1946)が1897年に発表した小説『宇宙戦争』がある。この小説には蛸に似た姿の火星人がでてきて、一世を風靡した(図1)。私も子供の頃、よく目にしたが、なぜ蛸に似た姿なのか不思議に思っていた。

図1 H・G・ウエルズのSF『宇宙戦争』の表紙。 https://ja.wikipedia.org/wiki/宇宙戦争_(H・G・ウェルズ)

調べてみると、火星人が蛸人間とされた理由はいくつかあることがわかった。

[1] 火星人は地球人より早く誕生したので(火星の方が早く冷えて固まったので、生命の発生は早い時期に行われたと考える)、知能がより優れている。知能が優れていると頭が大きくなると考える。
[2] 火星は地球より軽いので、表面重力は弱い(地球の表面重力の1/3程度)。そのため、足への負担は少ない。
[3] 火星は地球より太陽から遠いところにあるので、暗い。そのため、目はより多くの光を集める必要があるので、大きくなる。

 ウエルズはこれらを考慮して、火星人を蛸人間にしたとのことだ(『おはなし天文学 1』斉田博、地人書館、2000年「火星人は空想の世界に」193-200頁)。単なる思いつきで、蛸人間にしたわけではなかったのだ。

さらに、驚くべきことがある。なんと、蛸のニューロン(神経細胞)の数は数億個もあるのだ。人間の900億個には及ばないものの、認知能力は動物の中ではかなり高い部類に入る(『エイリアン 科学者たちが語る地球外生命』ジム・アル=カリーリ 編、紀伊国屋書店、2019年、第4章「宇宙にだれかいるのか?―テクノロジーと、ドレイクの方程式と、地球外生命の探索」アニル・セス、74-86頁)。

神経細胞の研究は19世紀後半からなされるようになった。ニューロンの研究でスペインの神経解剖学者サンティアゴ・ラモン・イ・カハールとイタリアの病理学者カミッロ・ゴルジがノーベル医学賞を受賞したのが1906年である。蛸のニューロンの研究は進んでいなかったかもしれないが、ウエルズには、何か感じるものがあったのかもしれない。まあ、大きな目が二つあり、蛸人間は愛らしい姿ではある。

さて、蛸型火星人に出会った谷川俊太郎はどうするのだろう? 彼らが日本語を話せるとは思わない。ただ、知的生命体だとすれば、意思の疎通はできるだろう。とりあえず言えることは次の言葉か。

「やあ、元気かい?」

谷川の二十億光年の孤独が癒やされることを祈りたい。