天文俳句 (1)季語における天文
岩手山の夜景。山頂のやや左から天の川が立ち上がって見えている。また、その天の川に沿うように一つの流れ星が見える。ありがたい写真である。 (撮影:畑英利)
『星戀』(野尻抱影、山口誓子、深夜叢書社、1986年)のカバーhttps://www.nippon.com/ja/japan-topics/b07224/
銀河系から、なぜか俳句へ
前日の天文部の部室では、俳句談義になっていた。今日もそれを引きずって、輝明が話を始めた。
「松尾芭蕉の俳句「荒海や佐渡に横たふ天河(天の川)」の話から、俳句の季語の話になってしまった。その話で驚いたのは、天文関係の季語はたった四つしかないことだ。」
「月、星月夜、流れ星、そして天の川でしたね。」
優子が素早く反応して話す。
「しかも、これら四つはすべて秋の季語! ちょっと驚きました。」
「そうだね。そのため不便なことが起こる。春、夏、冬に天文を詠み込もうとするときには、特別な配慮が必要になるからだ。僕たち天文ファンなら、オリオンなら冬でいいと思うけど、俳句で冬のオリオンを詠むときは「寒オリオン」にしなければならない。」
「昨夜ちょっと調べたんですが、銀河を冬の季語にするには「冬銀河」にするそうです。」
「おお、それは知らなかった。「寒銀河」よりは良さそうだね。」
輝明は優子の調査に感謝しつつ、話を続けた。
「天の川、銀河系の話がメインで始めたんだけど、テーマが俳句に傾いてしまった。そこで、今日の天文部の部会は句会というわけではないけど、天文と俳句の関係について少し考えてみよう。今後開催されるであろう、句会の準備ということで。」
「そうですね、五七五に季語を入れれば俳句と思っていましたが、いろいろルールが決められていたんですね。不勉強が身に沁みました。これを機会に少し俳句のことを勉強したくなりました。」
寺田寅彦に学ぶ俳句の季語
「とはいえ、僕も俳句に詳しいわけではない。そこで、物理学者だった寺田寅彦さん(1878-1935)の助けを借りて話をスタートさせることにしたい。」
「あっ! 「天災は忘れた頃にやって来る」の名言で有名な方ですね?」
「おお、優子、そうだよ。その寺田寅彦さんだ。寺田さん(以下、敬称略)は身近な現象に物理学の本質を探る研究スタイルで有名な人だった。そして、多くの含蓄あるエッセイを残した人としても有名だ。さっき優子が言った「天災は忘れた頃にやって来る」の言葉もエッセイで語られた言葉だ。」
「そういえば、夏目漱石のお弟子さんですよね。」
「そのとおり。寺田は漱石の一番弟子で、漱石の小説にもモデルとしても活躍した人だ。よほど漱石に気に入られていたんだね。」
輝明はカバンから一冊の本を出して話だした。
「ここに持ってきたのは寺田の『科学と文学』(寺田寅彦、角川ソフィア文庫、2019年)という本だ(図1)。この本には「天文と俳句」というタイトルの随筆がある。」
「すごいですね。てっきり寺田の関心は物理だけと思っていましたが、天文にも関心があったんですね。」
「寺田は俳句の季語に関して意見を述べているんだ。それが結構おもしろい。」
輝明は該当する文章を読み上げた。
俳句季題の分類は普通に時候、天文、地理、人事、動物、植物というふうになっている。これらのうちで後の三つは別として、初めの三つの項目中における各季題の分け方は現代の科学知識から見ると、決して合理的であるとは思われない。 (『科学と文学』(寺田寅彦、角川ソフィア文庫、2019年、178頁;現代文に変更してある)
「季語は大きく分けて、次の六種類に分類されている。
時候、天文、地理、人事、動物、植物
まず、驚くのは、これら六種類の中に“天文”が入っていることだ。」
「たしかに変ですね。だって、天文には、たった4個の季語しかありません。それにもかかわらず代表的な季語の項目に取り上げられているなんて、すごく不思議です。」
優子も驚いたようだ。
「僕も同感だ。なんだか信じられないので、手に入る歳時記を見てみた。それらに出ている季語をまとめてみた(表1)。」
なんと、輝明はスライドにまとめていたのだ。優子は輝明の行動の速さに、すっかり感心してしまった。
「この表を見てわかるように、時候、天文、地理、動物、植物の項目はほとんどの歳時記で採用されている。」
「ホントにそうなんですね。」
まさか、歳時記で「天文」という項目がここまで優遇されているとは思わなかった。ただ、ちょっと気になることがあったので、優子は質問した。
「人事の項目はばらけているようですね。」
「うん、人事は行事、生活、暮らしなどのわかりやすい表現に置き換えられている場合が多いようだ。。」
「考えてみると、私も人事の正確な意味は知りません。」
「僕もそうだ。そこで、人事という言葉を『広辞苑』で調べてみた。」
輝明は次のスライドを見せてくれた(図2)。
「そうか、私たちは4番の意味にしか使っていないですね。俳句の世界では1番から3番が重要なんですね。」
「人事は「人の事(こと)」ならなんでもいいということだ。」
「なんだか、アバウトですね。」
寅彦、時候・天文・地理の季語に文句をつける
「寺田は六種類の季語分類を紹介したあとで、この分類法について厳しい意見を述べている。」
「どんな意見ですか?」
「人事、動物、植物については問題なし。だけど、時候、天文、地理については一考の余地があると指摘している。」
輝明は寺田が指摘した天文に関する論点を読み上げた。
俳句季題の中で今日の意味での天文に関するものは月とか星月夜とか銀河とかいう種類のものが極めて少数にあるだけで、他の大部分はほとんど皆今日のいわゆる気象学的現象に関するものばかりである。 (『科学と文学』(寺田寅彦、角川ソフィア文庫、2019年、178頁;現代文に変更してある)
「この寺田の指摘はまったく正しい。例えば、春雨(はるさめ)や菜種梅雨(なたねづゆ)は明らかに気象用語だ。ところが、歳時記では天文用語に分類されている。」
「うーん、それはないですね。」
優子も納得できない様子だ。
輝明は続けて寺田の提案を読み上げた。
今日の天文学(アストロノミー)は天体、すなわち、星の学問であって気象学(メテオロジー)とは全然その分野を異にしているにも拘らず、相当な教養ある人でさえ天文台と気象台との区別の分らないことがしばしばある。これは俳諧においてのみならず昔から中国や日本でいわゆる天文と称したものが、昔のギリシャで「メテオロス」といったものと同樣「天と地との間におけるあらゆる現象」という意味に相応していたから、その因習がどうしてもぬけきらないせいだろう。 (『科学と文学』(寺田寅彦、角川ソフィア文庫、2019年、178頁;現代文に変更してある)
「かなり、手厳しい意見だ。天文と気象に関する現象が区別されていないことに寺田は憤慨している。」
「たしかにそうだけど・・・。ここまで混然としていると手の打ちようがない感じですね。」
天の文(あや)
「実は、天文が何を意味するかが問題なんだ。」
「?」
「もともと、天文は「天の文(あや)」を意味する言葉だ。」
「「天の文」ってなんですか?」
「目線より上にあるものがすべて「天の文」だ。」
「なるほど! それで雲でも風でも「天の文」になっちゃうんですね。雨も天から降ってくるから天文用語ということですね。」
「そういうことだ。これだと、天文と気象はごちゃ混ぜになって当然だ。大気があって、その上に星の世界があるわけだからね。天文に入れられている季語の数が多いのは当たり前だ。」
「そんなこと、考えもしませんでした。」
「歳時記には「天文」というカテゴリーが設けられていて嬉しく思った。でも、それはぬか喜び。天文のカテゴリーに入れられている言葉の大半は、僕たちが考えている天文とは無縁。はっきりいえば、ほとんどが空のこと、つまり気象現象なんだ。」
寺田の新提案
輝明はさらに説明を続けた。
「寺田は天文のみならず、時候と地理のカテゴリーに属する季語についても疑問を感じた。その部分を読み上げるよ。」
「時候」の部に入っている立春とか夏至とかいうのは解釈のしようによっては星学上の季節であり、また考え方によっては気象学上の意味をも含んでいる。また一方で余寒とか肌寒とか、涼しとか暑しとかいうのは当然気象学上の事柄である。
また一方では通例「地理」の部に入っているもののうちでも雪解とか、水温むとか、凍てるとか、水涸るとかいうのは当然気象であり、汐干や初汐などは考え方によってはむしろ天文だとも言われても仕方ない。(『科学と文学』(寺田寅彦、角川ソフィア文庫、2019年、179頁;現代文に変更してある)
メテオロス=天と地との間に於けるあらゆる現象
「寺田はこの混迷した状況を打破するために、季語の整理を新たに提案した」
「天文」を、従来の分類による天文だけに限らず、時候および地理の一部分も引くるめた、メテオロスの意味に解釈することにしたいと思うのである。 (寺田寅彦、角川ソフィア文庫、2019年、179頁;現代文に変更してある)
「つまり、天文は「天と地との間に於けるあらゆる現象」(メテオロス)を表すので、いっそのことメテオロスというひとつの大きなカテゴリーを作って、統合すればすっきりすると考えたんだ。つまり、細分化ではなく、統合化を狙ったことになる。この辺りは、寺田のすごいところなんだろうね。」
「ワンランク上の発想ですね。」
輝明は寺田の新提案をまとめたスライドを見せてくれた(図3)。
この図を眺めて優子は少し違和感を持った。
「うーん、悩ましいです。例えば「この季語は「メテオロス」に属します」と言われても、ピンと来ません。そもそも、「メテオロス」という言葉に親近感を持てません。しかも、この分類では、メテオロスの中に天文と気象が混在しているという問題は解決していません。」
優子はかなり不満顔だ。
悪いのは天文学者か?
「どうにも、スッキリしないね。言葉の定義の問題が背景にあるからだろうね。みんな、ひとつの言葉でひとつのことを想起できればいいんだけど・・・。昔は星空も単なる風景でしかなかった。ところが天文学の発展とともに、風景ではなく天体としての重要性に留意するようになってしまった。そのため、天体が「天と地との間に於けるあらゆる現象」(メテオロス)から遊離していったと寺田は解釈しているようだ。」
昔のギリシャで「メテオロス」といったものと同樣「天と地との間におけるあらゆる現象」という意味に相応していたから、その因習がどうしてもぬけ切らないせいであろう。それでこういう混雜の起るようになった事の起りの責任は、或はむしろ天文という文字を星学の方へ持っていった人にあるかも知れない。 (寺田寅彦、角川ソフィア文庫、2019年、178頁;現代文に変更してある)
「季語の混乱は、天文学の発展が招いたことになるんでしょうか? なんだか残念です。」
「寺田の問題提起は80年ぐらい経った今でも無視されているのが実情だ。なぜか? 頭でわかっても、直すのは難しい。そういうことはよくあるよね。当面、季語に関しては、静観しよう。ということで、句会に出かけるときは、歳時記を忘れずに!」
「はい、忘れずに持って行きます。」
<<<これまでのお話し>>>
『銀河系』のお話し(1) 僕たちの住んでいる銀河は,なぜ『銀河系』と呼ばれるのか?
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