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天文俳句 (5)『星戀』の秘密

岩手山の夜景 (撮影:畑英利)
『星戀』(野尻抱影、山口誓子、深夜叢書社、1986年)のカバーhttps://www.nippon.com/ja/japan-topics/b07224/

「銀河のお話し」の状況設定と同じです。 「銀河のお話し(1)」をご覧下さい。 https://note.com/astro_dialog/n/n7a6bf416b0bc

天文俳句の極意はあるのか?

「昨日は、山口誓子が詠んだ天文世界を見るということで、オリオン、天狼、そして昴の句が出てくる俳句を紹介したところで終えた。」
「ずいぶん、いっぱい詠んだんですね。」
「紹介した句は秋から冬にかけて詠まれたものから選んだものだ。誓子は年間を通じて天文俳句を詠んでいるから、句数は膨大なものになる。」
「天文愛ということですね。」
「なるほど、天文愛。これもいい言葉だね。
「あっ、しまった。星戀か。」
優子はペロッと舌を出した。

「で、誓子の天文俳句はどうだった?」
輝明は優子の意見を求めた。
「そうですね、見たまま、感じたままを句に詠んだ感じがします。例えば、次の句なんかがそうです。

オリオンが枯野の上に離れたり
天狼星ましろく除夜にともりけり
雪ぐもり昴しばらく懸りたり

2番目の句は大晦日の夜、ふと夜空を眺めたらシリウスが灯りのように輝いていた情景だと思います。こういう場面に出会うことはあるとは思うんですけど、そのときこういう句が頭に浮かんでくるかといえば、心許ないです。」

「俳句の作法は人それぞれ。自由に楽しむのが、まず一番なんだろうね。」

輝明のこの意見に優子は賛成だ。
「俳人の金子兜太さんの『金子兜太の俳句入門』(角川ソフィア文庫、2012年)を詠んだことがあります。その中で、俳句の極意は「三位一体(さんみいったい)」であるとされていました。」
「三位一体?」
「はい、それは生活実感、そして言葉だそうです。」
「なるほど、シンプルだね。そうすると、季語などの季節感は、この三つの中で、生活実感に反映されているんだろうね。」
「はい、そうだと思います。それから、金子さんは定型と季語についてもフランクな意見を述べています。」

私は九字(三・三・三)から二十七字(九・九・九)までは定型を感じます (『金子兜太の俳句入門』金子兜太、角川ソフィア文庫、2019年、55頁)

季語を「約束」といいながら、いつのまにか必要不可欠と決めてしまうことには反対なのです。 (10頁)

季語を捨ててしまうということは、もったいなくてできません。

捨てるどころか大事に遣いたい。約束だからではなく、いま、その季語が必要だからということ。 (11頁)

「うーん、すごいね、達人は。」
「やっぱり、まずは好きなように詠んでみるのが一番のようですね。」

『星戀』の意味

「ところで星戀の意味は知っている?」
輝明は優子に聞いてみた。
「星を恋する。単純にそう思っていました。違うんでしょうか?」
「基本はそうなんだけど、恋というよりは憧れに近いかもしれない。」
「はあ、憧れですか・・・。」
優子に呆然とされて、輝明はやや困ったものの、話を続けた。
「見たことがない星。見てみたい星。天文ファンなら誰しも、そういうのは、あるよね。」
「はい、あります!」
優子の声にハリが戻った。
「やっぱり、南十字でしょうか(図1)。「みなみじゅうじ座」のように南天の星座には憧れを感じます。」
「僕もそうだ。宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』では、ジョバンニたちを乗せた銀河鉄道は「はくちょう座」の北十字から「みなみじゅうじ座」の南10時を目指す。この童話を読むだけで、南十字への憧れは膨らむ。」
「私もそうでした。」

図1 「みなみじゅうじ座」の南十字。寄り添う大きな暗黒星雲は「石炭袋」と呼ばれている。 (撮影:畑英利@タスマニア島)

そして、優子は少し大きな声で言った。
「あともうひとつ!」
「それは?」
「カノープスです。」
「なるほど! これも南天の「りゅうこつ座」にある星だ。シリウスに次いで全天で2番目に明るい星なんだけど、日本から見るのは難しい。そのため、憧れている天文ファンは多いんじゃないかな。実は、僕もその一人だ。」
「確か、東京での最大高度は2度ぐらいしかなかったと思います。地平線の上に少し顔を出す程度ですね(図2)。」
「宮城県の蔵王で見たという記録があるそうだよ。」
「ひえーっ! 東京より400キロメートルも北の地で見えたんですね。それはすごいと思います。」

図2 地平線をかすめるように動いていくカノープス。左上に見える明るい星は「おおいぬ座」のシリウス。 (撮影:畑英利@長野県)

星戀の的はカノープスだった

「おっと、そうだ。忘れるところだった。」
「?」
「実は、星戀はまさにカノープスへの憧れだったんだ。」
「えっ? そうなんですか?」
「うん、『星戀』には「星戀」という一節がある。そこに面白い話が出ている。」
「どんな話なんですか?」
「長野県、信州更科の天文ファンの話だ。カノープスを見ようと思って、夜毎、家の屋根に登って挑戦していた。ある夜、地平線近くに赤い光が見えた。カノープスだと思って必死に目を凝らしてその光を追い求めた。すると・・・・」
「なんだったんですか?」
「その人のお家には大きなお風呂があるみたいで、そのお湯に入りにくる炭焼きの親子連れの提灯の光だったそうだ。」
「ありゃりゃ。」

「冬の寒い夜、わざわざ屋根にまで登ってカノープスを見ようとする努力はすごい。野尻さんも、次のように評価している(34頁)。」

理屈をいえば、これは単に緯度の相違から来るロマンチシズムに過ぎない。しかし、私はこの星を恋ふる心を、次の世代にも伝えて行きたいと思っている。

「よくわかりました。」
優子も輝明も天文ファンだ。野尻の気持ちは痛いほどわかる。

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天文俳句 (1)季語における天文https://note.com/astro_dialog/n/nb90cc3b733fd

天文俳句 (2)季語における天文、再びhttps://note.com/astro_dialog/n/nf48bd3d54c58

天文俳句 (3)季語における天文、再び、再びhttps://note.com/astro_dialog/n/n1fb72e93a63f

天文俳句 (4)天文俳句の世界『星戀』https://note.com/astro_dialog/n/n429ca3e819d1

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