宮沢賢治の宇宙(73) 双子の星のお宮を探して旅は続く
『銀河鉄道の夜』に出てくる双子の星のお宮
宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』では、最終節の第九節「ジョバンニの切符」の後半に双子の星のお宮が出てくる。このお宮はいったいどこにあるのだろうか? 前回のnoteでは「さそり座」のλ(ラムダ)星とυ(ウプシロン)星を候補として挙げた。
この説では、双子の星は『銀河鉄道の夜』のストーリーの中で説明されていると仮定されていた。しかし、話はどうもそれほど単純ではなさそうだ。そこで、このnoteでは続編として、双子の星のお宮の場所をさらに検討してみたい。
竹内薫・原田章夫による『宮沢賢治・時空の旅人』に学ぶ
まず、一冊の本を紹介したい。竹内薫・原田章夫による『宮沢賢治・時空の旅人 文学が描いた相対性理論』(日経サイエンス社、1996年)である(図1)。3年ぐらい前に古書店で買った本だ。賢治はアインシュタインの相対性理論が気に入り、かなり勉強した形跡がある。実際、賢治の作品には相対性理論に関連する記述が多い。『銀河鉄道の夜』に出てくる幻想第4次などの言葉がそのよい例だ。この本のサブタイトルは、文学が描いた相対性理論となっているので、てっきり相対性理論に特化した解説かと思っていた。先日読み始めたばかりなのだが、なんと「双子の星」の話が出ているので驚いた。しかも、今までにない新たな着眼点で解説があり、楽しめた。
竹内と原田の結論は「双子の星=ペルセウス座の二重星団、h(エイチ)+χ(カイ) Per(図2)」である。大きさ約150光年の二つの散開星団が寄り添っている。生まれてから1400万年ぐらい経過した、若い星団である。星の数はそれぞれ300個程度。見かけの明るさは4.5等級。肉眼でも見えるが双眼鏡があれば、その広がりも含めて楽しむことができる。
しかし、なぜ双子の星がこの二重星団だというのだろう? 竹内と原田の論点をまとめると次のようになる。
『銀河鉄道の夜』では双子の星の話はメモのように殴り書きで入れられている。したがって、『銀河鉄道の夜』のストーリーとは無関係であり、双子の星を理解するには童話『双子の星』を読むしかない。
『双子の星』は次のように始まる。
天の川の西の岸にすぎなの胞子ほどの小さな二つの星が見えます。あれはチュンセ童子とポウセ童子といふ双子のお星さまの住んでいる小さな水精(すいしょう)のお宮です。 (『双子の星』宮沢賢治全集 5、ちくま文庫、1986年、26頁)
ここで、水精は水晶のことだろうと考えられている。
竹内と原田は下書稿の次の文章にも注意を払った。
(それは)青白くて少しけむって(ゐるやうに)見えレモンの匂をその辺に吐いてゐるやうに思われるのです。 (『【新】校本 宮澤賢治全集』第八巻、校異篇、筑摩書房、1995年、10頁)
「すぎなの胞子ほどの小さな」とはどういう意味だろうか? 「すぎな」栄養茎のことをいい、胞子茎は「つくし(土筆)」と呼ばれる。「つくし」は土手や道の片隅にたくさん生えていたので、よく摘み取って遊んだものだ。「すぎなの胞子ほどの小さな」の解釈は二通りある(図3)。
[A]の場合、「つくし」が2本あれば連星と見做せる。一方、[B]の場合は「つくし」1本でたくさんの星(胞子)があるので、星団と見做せる。「青白くて少しけむって(ゐるやうに)見え」 この表現は一個や二個の星ではなく、より広がった星団をイメージさせる。結局、竹内と原田は[B]を採用した。しかも、チュンセとポウセ、二人いるので、つくしが2本。つまり、二重星団だ。二重星団といえば、「ペルセウス座」の二重星団h+χ Perということになる(図2)。
まさかの展開
双子の星が「ペルセウス座」の二重星団h+χ Per? これはまさかの展開と言える。
実は、他にも意表を突く候補がある。次回はそのアイデアを紹介しつつ、結論を出すことにしよう。