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「宮沢賢治の宇宙」(52) 天気輪の柱に決着を

天気輪の柱

宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』に出てくる「天気輪の柱」の正体を探ってきた。note「宮沢賢治の宇宙」(41)、(43)、(44)、(46)から(51)を参照されたい。気が付けば、こんなに書いてきたのかと驚いてしまった。

天気輪の柱の賢治による説明

『銀河鉄道の夜』に出てくる天気輪の柱に関する記述をみておこう(図1)。賢治による説明はこれだけである。童話は創作なので、図1にある説明を100%受け入れる必要はない。しかし、考えるガイドラインとして、重要な情報である。

図1  『銀河鉄道の夜』に出てくる「天気輪の柱」の説明。

天気輪の柱の候補

天気輪の柱の候補を分類すると次のようになる。

[1] 実在しない場合:天気輪の柱は賢治の想像上の産物である
[2] 実在する場合:何らかのモデルが存在する

また、実在してモデルがある場合、以下の三つの可能性がある。

[A] 宗教的構造物
[B] 科学的構造物
[C] 自然現象

可能性のある天気輪の柱の候補をまとめると図2のようになる。

図2  天気輪の柱の候補。

天気輪の柱については、賢治研究者はさまざまな説を提案してきている。個別に紹介するのは大変なので、ここでは主として次の三つの文献を参照されたい。

1. 中地文「天気輪の柱」『國文學 解釈と教材の研究』“宮沢賢治『銀河鉄道の夜』と『春と修羅』”1994年4月号、學燈社、47頁
2. 垣井由紀子「天気輪の柱」『宮沢賢治「銀河鉄道の夜」を読む』西田良子 編著、創元社、2003年、178-179頁
3. 『定本 宮澤賢治語彙辞典』原子朗、筑摩書房、2013年、496-498頁

天気輪の柱の候補を絞り込む

天気輪の柱の候補を絞り込んでいくが、その際のガイドラインを図3に示す。

図3 天気輪の柱の候補の判定を行う方法。『銀河鉄道の夜』で説明されている天気輪の柱の特徴(図1)を満たす候補は青、満たさない場合は橙色で示した。実在しない場合でも、あるいは実在しても条件(図1)を満たさない場合でも、賢治の心象スケッチで天気輪の柱に置き換えられることがある。その場合は黄色で示した。

「花巻市郊外の丘(町外れの丘のこと)の上にある構造物」説を受け入れる場合

図1に示した賢治の説明を信じると、天気輪の柱の特徴は次のようになる。

・舞台は花巻市
・町外れの丘の上にある柱(柱のような構造物)
・ブルカニロ博士を隠せるぐらいの幅を持つ(50センチメートル以上の幅)

これに準拠すると、以下の判別ができる。

・実在しないモデル → 不適格
  理由:宇宙柱のような概念的なモデルは構想としての実体がないため。
・実在するモデルで、寺院にある宗教的構造物 → 不適格
  理由:丘の上にないこと。50センチメートル以上の幅を持たないものは人を隠せない。
・自然現象 → 不適格
  理由:丘の上にあるように見えるものもあるが(黄道光や対日照)、人を隠せない。

素直に考えれば、丘の上にある柱のような幅広の構造物とするしかない。また、丘のある場所は『銀河鉄道の夜』の物語を読む限り、花巻市近郊になる。これを受け入れると、花巻市郊外にある丘以外の候補は消える(図4)。

図4 「花巻市郊外の丘(町外れの丘のこと)の上にある構造物」説を受け入れた場合、消える候補には ❌ をつけた。青枠で囲った項目は、該当する柱、あるいは柱のように見える構造があれば候補として残る。

「花巻市郊外の丘(町外れの丘のこと)の上にある構造物」説を受け入れない場合

次は、「花巻市郊外の丘(町外れの丘のこと)の上にある構造物」説を受け入れない場合について考えてみよう(図5)。

柱としての実体がない宗教的な概念はここでも候補には残らない。一方、花巻市という条件を除いたので、宗教的な構造物は候補として残る。盛岡や他の場所にある寺院や山もオーケーになる。しかし、自然現象で天文現象と気象現象は、実体はあるものの、丘の上の構造物ではないので、ここでも候補とはならない。

図5 「花巻市郊外の丘(町外れの丘のこと)の上にある構造物」説を受け入れない場合、消える候補には ❌ をつけた。青枠で囲った項目は、該当する柱、あるいは柱のように見える構造があれば候補として残る。

「丘の上にある柱のような構造物」に見えればよい場合

次は、「丘の上にある柱のような構造物」に見えればよい場合である(図6)。この場合、まず自然現象の中で天文現象である黄道光と対日照が天に昇る柱のように見えるので候補になる。

気象現象では太陽柱が候補にはなるが、冬の非常に寒いときにしか発生しない。『銀河鉄道の夜』は夏祭りの一夜のことなので、考えなくてもよいだろう。

図6 「丘の上にある柱のような構造物」に見えればよい場合、残る候補。太陽柱は原理的には問題ないが、季節が合わないことに注意。

自然現象の条件

心象スケッチとして「天気輪の柱」に繋がればよいとすれば、自然現象も候補になりうる。ただ、少し条件がある。それは、突発的な現象は似合わないということだ。『銀河鉄道の夜』の第五節「天気輪の柱」を読むと、「天気輪の柱」はいつも眺める光景のように描かれている。ジョバンニにとって丘の頂に見分けられる「天気輪の柱」は、ある種、心の支えのような存在だったのではないだろうか。

突発的な現象もそうだが、時間変動が激しい現象もよくない。ジョバンニが見ようと思えば、いつも丘の上にある。そういう存在の方がよい。

天文現象の場合、夜に見える現象になる。しかし、オーロラは時間変動が激しいので、候補とはなりにくい。できれば、夜中の間、見えているものが望ましい。この条件を満たすのは、太陽系内のダストが太陽光を反射して見える黄道光や対日照がよい候補となる。

気象現象の場合、太陽柱が候補として挙げられているが、これは非常に寒い日、大気中の水分がダイアモンド・ダストとなり、太陽光を反射して見えるものだ。そのため、見えるとしても、日が沈んだ後か、夜明け前の現象になる。この意味でも、「天気輪の柱」の候補とはなりにくいだろう。

自然現象については、またあとで、振り返ることにしたい。

「輪」は、どの程度重要か?

丘の上の宗教的構造物の候補を考える前に、ひとつ考えておきたい問題がある。それは、天気輪という言葉には「輪」の文字が入っていることだ。このことから、輪を回して幸運やお天気を祈るものが天気輪の候補と考える傾向がある。この考え方は理に適ったものである。

しかし、丘の上に到着したジョバンニは何かを回すという行為をしていない。したがって、盛岡市宝鏡山清養院にある後生塔(お天気柱)についている輪や、摩尼車などを積極的に考慮する必要はない。前回のnoteでは清養院にある後生塔に頼ってみたが、実のところ、なんとも言えない。

さて、・・・

ここまで、考えてみてつくづく思った。「天気輪の柱」を特定することは非常に難しい。だからこそ、多くの人がこの問題に関心を持っているとも言える。答えを探すのは大変だが、もう少し考えてみるつもりだ。


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