バルコニアン(7) 宮沢賢治に背中を押され「うずのしゅげ」
花が少ないバルコニー
我が家のルーフ・バルコニーの庭には、花が少ないという特徴があります。「つつじ」は春に美しい花を見せてくれますが、あとは「紅葉・楓」や「松」などの樹木が多いので、花とは無縁です。一時期、冬場はパンジー・ビオラの寄せ植えを作ったりしていましたが、今はしていません。特に意識しているわけではないのですが、なぜか花が少ないということです。
宮沢賢治の童話『おきなぐさ』
ところが、ある時期から心境の変化が起きました。それは宮沢賢治の作品を読むようになってからです。数年前、最初に読んだのは童話『銀河鉄道の夜』でした。天文学の観点から読んでみると、とても面白い童話でした。私はある作家の作品を読み始めて気に入ると、その人の他の作品を読む習慣があります。ということで、賢治の他の作品も遅ればせながら読むようになりました。そして出会ったのが『おきなぐさ』という小品でした。
オキナグサ
オキナグサはキンポウゲ科オキナグサ属の多年草です(図1、図2)。植物の名前なので、カタカナが使われます。
実は、私はこの花を知りませんでした。園芸店で見つけたときは、「おおーっ!」と、感動しました。とても可憐な花なので、大変気に入りました。
「うずのしゅげ」
では、賢治の作品『おきなぐさ』の話に移りましょう。次の一文から始まる物語です。
うずのしゅげを知っていますか(『【新】校本 宮澤賢治全集』第九巻、筑摩書房、1995年、179頁)
「うずのしゅげ」は「おじいさんの髭」という意味です。オキナグサのことをイーハトーブでは「うずのしゅげ」と呼ぶようです。
花が終わると、そのあと白い長い髭のような構造が残ります(図2)。この様子が「うずのしゅげ」に見えるわけです。
新星爆発
この物語の詳細をここで述べることはしませんが、「うずのしゅげ」の運命は想像を超えて過酷です。次の文章を読んでください。
「さよなら、ひばりさん、さよなら、みなさん。お日さん、ありがたうございました」
そして丁度星が砕けて散るときのやうに、からだがばらばらになって一本づつの銀毛はまっしろに光り、羽虫のやうに北の方へ飛んで行きました。そしてひばりは鉄砲玉のやうに空へとびあがって鋭いみぢかい歌をほんの一寸歌ったのでした。(『【新】校本 宮澤賢治全集』第九巻、筑摩書房、1995年、183-184頁)
これは天文学でいう、新星爆発です。ここで、新星爆発の様子を見てみましょう。ペルセウス座GK星という新星です(図4)。最初の爆発現象が観測されたのは賢治が五歳、1901年のことでした。
では、この星の運命はどうなるのでしょう?
そんなら天上へ行った二つの小さなたましいはどうなったか、私はそれは二つの小さな変光星になったと思います。 (『【新】校本 宮澤賢治全集』第九巻、筑摩書房、1995年、184頁)
じつは、ペルセウス座GK星などの新星は変光星の一種です。賢治は新星のことを勉強して知っていたのでしょう。その知識を上手く童話に活かすのですから、たいしたものです。
賢治に学ぶ
『おきなぐさ』を読んで感銘を受けたことが二つありました。
物語で主人公(誰かは不明、賢治本人か?)が蟻(あり)と会話します。物語に出てくるオキナグサの色は黒っぽいのですが、蟻に聞くと赤に見えるというのです。蟻はオキナグサの花を太陽の光を通してみます。そのため、黒ではなく赤に見えるということです。つまり、自分の目線だけで物事見るなという戒めでしょうか。
次は、最後の場面です。うずのしゅげ(白く長い髭)は風に舞いあげられ北の方向に飛んでいきます。それを見たひばりはうずのしゅげの幸運を願い、天に向かって舞い上がり、鋭い短い別れの歌を歌います。なぜ、ひばりはうずのしゅげの飛んでいった北の方向に向かわなかったのでしょうか? ひばりには見えたのです。うずのしゅげの魂は北ではなく、天の方へ飛んで行ったのを。何事も本質を見極めよ。賢治にそう諭(さと)されたような気がしました。
最後に「オキナグサ」と「木偶乃坊人形」のツーショットを見ておきましょう(図5)。
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<<< 補足説明:新星>>>
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新星は見かけの明るさが変わる変光星の一種です(正確には、激しい変光が起きるので、激変星に分類されています)。白色矮星という高密度の星が他の星(赤色巨星など)と連星をなしている場合、パートナーの星の外層から白色矮星へとガスが流れ込んできます。ガスの量が増えて、白色矮星の表面で熱核融合が起こります。そのため、急激に増光し、新星として観測されるのです。