見出し画像

銀河のお話し(3) 銀河の影絵


こんな感じで銀河の話をしていきます。

「第一話 神保町の天文部で銀河を語る」は以下で読めます。https://note.com/astro_dialog/n/n7a6bf416b0bc

天文部、また部会を開く

神田神保町にある高校。ある日の放課後、また天文部の部会が開かれた。部長の星影輝明が話を始めた。
「前回はアンドロメダ銀河の秘密について説明した。アンドロメダ銀河は天の川銀河のお隣にある銀河だ。ハッブルはその形態から渦巻銀河Sb型であると分類した。」
輝明はパソコンを開いて、スライドショーを開始した。そこには、見慣れた銀河のハッブル分類の図があった(図1)。」
「よく調べるとアンドロメダ銀河に渦巻があるのかどうか、判然としなかった。その上、渦巻きの代わりにリング構造が見えてきたから驚きだ。結局、アンドロメダ銀河は渦巻銀河ではなく、リング銀河であるということになった。このことを説明してくれる天文学の教科書がないことにも驚いたんじゃないかな?」

図1 銀河のハッブル分類。アンドロメダ銀河は渦巻銀河Sb型に分類されていたが、リング銀河なので誤った分類だった。 『天文学辞典』 https://astro-dic.jp/hubble-classification/

「はい、もうビックリです。」
1年生部員の月影優子が元気に答えた。
「そうだね、天文学の教科書にはアンドロメダ銀河は渦巻銀河であるとしか書いていないからね。ハッブルが銀河の研究を始めたのは1920年代だから、100年もの間、誤解され続けてきている。アンドロメダ姫は泣いているかもしれないね。」
この輝明の話に優子がまた反応した。
「それで「アンドロメダの涙」という構造があるんですね。」
「アンドロメダの涙」はアンドロメダ銀河に寄り添う銀河M32が衝突してできた構造だ。優子がちゃんと覚えていてくれたので、輝明は嬉しかった。

銀河の影絵

「さて。」
輝明は部員の顔を眺めながら、今日のテーマを説明した。
「今日は銀河の影絵の話をしよう。」
「影絵???」
 部員たちはみんな怪訝な顔をしている。
「みんな、十返舎一九を知っている?」
「はい、『東海道中膝栗毛』ですね。読んだことはないですけど、名前だけは知っています。」
「有名な江戸時代の戯作者・絵師だ(1765-1831)。実は彼が描いたが描いた影絵がある。これだ。」
輝明はスライドに十返舎一九の影絵を出した。そこには、両手や道具を使って、ウサギや天狗の姿を影に映す様子が描かれている。

図2 十返舎一九が描いた影絵。 https://ja.wikipedia.org/wiki/影絵#/media/ファイル:Ikku_Shadow_play.jpg

「また、走馬灯や回り燈籠も基本は影絵だ。お盆の頃には盆提灯が回り燈籠になっているものがあった。さらには影絵で芝居を演じることもある。インドネシアのワヤンが最も有名だ。こうしてみると、影絵は世界各地で昔から人々が興じてきた遊びであることがわかる。」
輝明は右手で影が狐の形になるようにした(図3)。
「ほら、狐さんがいるよ。」
「あら、ホント! かわいい!」

図3 右手で作った影絵は狐に見える。

これで影絵のなんたるかはわかった。輝明は本論に入った。
「楕円銀河の影絵は楕円、渦巻銀河の影絵は渦巻模様。みんな、こう思うよね。」
 輝明の説明に部員たちはうなずく。誰が考えたって、そうなる。

銀河を取り囲むダークマター・ハロー

「銀河の基本構造。今日の話のテーマはこれだ。本来なら最初にすべき話だったかもしれないね。実は、銀河の基本構造を決めているのは普通の物質じゃあない。ダークまた^と呼ばれる正体不明の物質だ。」
優子をはじめ、部員はみんな首を傾げている。ダークマターと言われても、何のことかわらないからだ。その様子を見て、輝明はダークマターの説明を始めた。
「ダークマターは正体不明の物質だ。とりあえず、わかっていることをまとめておこう。

1 電磁波で見ることはできない
2 元素でできた普通の物質の数倍もある
3 普通の物質と相互作用することはない
4 宇宙年齢と同程度以上に長生きする

正体不明とはいえ、人類が知らない素粒子だろうと思われている。正体を解明するには、これら四つの条件を満たす素粒子を特定しないといけない。ただ、かなり難しい。電磁波、つまり光で見ることはできない。観測不能ということだ。また、物質と相互作用しないので検出することもできない。」
「うーん・・・、打つ手がありませんね・・・。」
「ただ、物質と相互作用しないのは助かる。ぶつかっても痛くないんだ。」
それはそれでありがたい話だが、さすがの優子も元気を失ったようだ。
その様子を見た輝明は、優子を元気づけるように言った。
「ダークマターこそが僕たちの生みの親なんだ。」
「えっ? どういうことですか?」
「僕たちが知っている物質は元素でできている。」
「水平リーベー僕の船、ですね?」
「そんな言葉、よく知っていたね。」
「水素(H)、ヘリウム(He)、リチウム(Li)、ベリリウム(Be)、ホウ素(B)、炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)。ホウ素のボロンは知りませんでしたが、あとはだいたい。」
「みんな、そうやって元素に親しんできたということか・・・。」
輝明は日本の教育システムのしたたかさを感じた。
「それはさておき、ダークマターだ。ダークマターは普通の物質の数倍はある(図5)。実は、普通の物質しかないと、量が少なすぎて、重力で集まれないんだ。」
「物質が集まらないということは・・・。」
「銀河が生まれないということだ。星も生まれない。地球のような惑星も生まれない。だから、僕たちも生まれない。」
「そうだったんですね。」

図4 銀河の基本構造。(左)楕円銀河、(右)渦巻銀河。
図5 宇宙における成分表。宇宙にある質量(エネルギー)を100とすると、普通の物質はわずか5しかない。ここで、ダークエネルギーは未知のエネルギー。

「ダークマターの重力で集められた普通の物質の中で星が生まれ、銀河になったんだ。」
「それで、銀河はダークマターのハローに取り囲まれているんですね。」
「ダークマターの重力が銀河を守ってくれているということだ。」
「ダークマター・ハローの形は丸く描かれていますが、球のような形なんでしょうか?」
「うん、そうだよ。ダークマターの粒子は、渦巻銀河のように回転運動はしていない。さまざまな方向にランダムな運動をしている。そのため、全体的な形状は球のようになってします。」
「楕円銀河も、渦巻銀河もハローの形状は球ということで、同じなんですか?」
「そのとおり。」
「不思議です。」
「確かに不思議だ。ハッブル分類の図を見てわかるとおり、楕円銀河と渦巻銀河では、全体的な形は全然違う。それなのに、ハローの形には差がない。」
「じゃあ、銀河の影絵を作ることができたら、楕円銀河も、渦巻銀河も単なる円になってしまうんですね(図6)。」

図6 銀河の影絵。ここではダークマター・ハローの領域を見ている。ダークマターが光を遮ることができたとすれば、このようにダークマター・ハローの影絵を見ることができる。楕円銀河も渦巻銀河もダークマター・ハローの影絵の形は円に見える。

「問題はダークマター・ハローの形が同じなのに、楕円銀河になったり、渦巻銀河になったりする理由だ。」
「あっ! ホントだ。すごい不思議です。」
「そこに銀河の進化の謎が潜んでいる。天文学者もあまり気がついていないようなんだけどね。」
「その謎は、いったい何なんですか?」
「これから、おいおい話していくことにしよう。ということで、今日の部会はここまで。」
 優子は答えをすぐにも知りたかった。しかし、楽しみを後に取っておくのも悪くはない。カバンを手にして部室を出た。
「とりあえず新しくできた古民家カフェに行こうっと!」
 優子の心に影絵はないようだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?