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宮沢賢治の宇宙(74) 双子の星のお宮のある場所がわかった!

『銀河鉄道の夜』に出てくる双子の星のお宮

宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』では、最終節の第九節「ジョバンニの切符」の後半に双子の星のお宮が出てくる。このお宮はいったいどこにあるのだろうか? まず、候補として「さそり座」のλ(ラムダ)星とυ(ウプシロン)星を候補として挙げた。

この説では、双子の星は『銀河鉄道の夜』のストーリーの中で説明されていると仮定されていたが、それは意味がないことが指摘されている。そこで出てきたのがペルセウス座の二重星団、h(エイチ)+χ(カイ) Per説であった。

ところが、まだ新たな説がある。それは「こと座」のε(イプシロン)星だとするアイデアである。ここでは、この説を紹介したあとで、総括をし、最終的な答えを出したい。

松原尚志による『「こと座」のε(イプシロン)星説』

双子の星のことを知りたくてネット検索してみた。そのとき見つけたのが松原尚志による『「こと座」のε(イプシロン)星説』である。それは北海道教育大学・釧路校からのプレス・リリース記事だった。

この記事では詳細がわからないので原論文を読んでみることにした。

松原尚志「「双子の星」のモデルとなった星は何か?─天文学的観点からの新説─」『宮沢賢治研究Annual』 第29巻,2019年、107-116頁

読んでみると、とても論理的で面白い論文だった。『双子の星』に出てくる天文学的データに基づき、これまでに提案されていたモデルを含めて客観的に比較を行い、『「こと座」のε(イプシロン)星説』の提案に至った経緯が書かれている。

「こと座」ε星

まず、「こと座」ε星を紹介しよう。この星はヴェガの東側にある連星で、見かけの明るさは約5等級。肉眼で十分見える(図1、表1)。

図1 「こと座」ε星。 https://ja.wikipedia.org/wiki/こと座イプシロン星
 

ε1とε2はそれぞれ連星である。そして、ε1とε2が連星となっている。そのため、ダブル・ダブル・スターの名前がある。

昔から有名な連星であり、賢治の時代の天文学の教科書や解説書でも紹介されている(図2)。星好きの賢治はこの星を知っていたに違いない。

図2 (a) 古川龍城による『星のローマンス』(新光社、大正13年 [1924年])の表紙。
図2 (b) 古川龍城による『星のローマンス』に出ている「こと座」ε星の説明(94頁)。「こと座」の断り書きがなく、いきなり「二重星ε星」となっていることに驚く。

双子の星の性質

松原尚志の論文に基づいて、独自の判断も加え、童話『双子の星』の性質をまとめてみた(表2)。

 

双子の星のモデルはどれか?

双子の星は字義通り捉えれば「連星」である。広義には二重星とも呼ばれる。二重星の中で、二個の星がお互いの重力で結びつき、重心の周りを公転運動しているものを連星と呼ぶ(物理的に結びついておらず、単に見かけの方向が近いことで連星のように見えるものは二重星として区別する)。

双子の星に対しては、いくつかの連星が候補として考えられてきた(表3)。また、連星以外のモデル(「ふたご座」と「二重星団」)については、表4にまとめた。

 
 

表3と表4に挙げた星の位置を見てみよう(図3)。「さそり座」にある候補の星は天の川の中にあり、西の岸にはないので否定される。なお、「ふたご座」は冬の星座なので、この図には示していない。「そもそも、ふたご座」のα星とβ星は2等星と1等星であり、明るすぎるので双子の星の候補としては馴染まない。「ケフェウス座」は天の川からは少し外れるが、西の岸というよりは、北の岸にある。また、二重星団のある「ペルセウス座」は天の川の中にある。

図3 表3と表4に挙げた双子の星の連星の候補の天球上での位置。なお、「ふたご座」は冬の星座なので示していない。 https://www.nao.ac.jp/astro/sky/2023/08.html

なぜ「こと座」ε星がよいのか?

表2に挙げた双子の星の条件を満たす連星は数え切れないぐらいあるはずである。しかし、誰もが知っている有名な連星ということであれば、「こと座」ε星を選ぶのが自然である。

今回、双子の星は何かということを考えてみた。私は『銀河鉄道の夜』で双子の星を知っただけだったので、最初は完全に思い違いをしていた。童話『双子の星』を読まなければ正解には至れない問題だったことに気がついてよかった。『「こと座」ε星説』を提案してくださった松原尚志氏に深く感謝いたします。また、「ペルセウス座」の二重星団説もとても面白く、刺激を受けました。竹内薫・原田章夫の両氏に深く感謝いたします。

天の川銀河にはざっと2000億個の星がある。太陽のような孤立星はマイナーで、実は半数以上の星は連星である。つまり、1000億個の星は連星として存在している。500億個もの連星があるのだ。考えてみれば、賢治の時代、連星は「双子星」と呼ばれていた。

たくさんある連星だが、地球から肉眼で見て楽しめる連星の数は限られる。どの連星にロマンを感じるかは、あなた次第だ。

季節は夏。天の川を眺めて、意中の連星を探してみるのもよい。

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