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「宮沢賢治の宇宙」(31) 流れ星はなぜ光る、再考

「流れ星」の光るメカニズム

まず、一句。

塵ひとつ大気を叩き流れ星

これが流れ星のエッセンスだ。以前のnoteでも簡単に説明したことだ。
参照:「宮沢賢治の宇宙」(28) 夜空を滑る流れ星は嫌いですか?https://note.com/astro_dialog/n/ncb75c4fe3e59

しかし、「大気を叩き」と言われても、なかなかピンと来るものではない。そこで、今一度説明することにしよう。実は、意外と複雑なのだ。

ダストが燃えたのか?

「流れ星」はなぜ光るか? 子供の頃、天文関係の本で仕入れた知識では「地球大気に入ってきたダストが燃え尽きる様子が流れ星として見える」というものだった。ダストは岩石を細かく砕いたような粒子だ。その粒子が燃えるわけだが、実際、どんなふうに燃えているのだろうか? そういう細かいことまでは説明されていなかった。

実は物理では「燃える」という言葉は、いろいろな意味を持つ。例えば、太陽などの星のエネルギー源は熱核融だ。この熱核融合では、水素原子核(陽子)をヘリウム原子核に変換している(4個の陽子を1個のヘリウム原子核にしている)。専門用語では「陽子―陽子連鎖反応」と呼ばれる。ところが、簡単のため、「水素燃焼」とも呼ばれているのだ。これを字義通りに捉えると、水素が燃えていることになる。しかし、陽子が燃えているわけではない。

では、ダストが燃えるとはどういうことだろう?

ダストは地球の大気に突入してくる。どのぐらいの速度で突入してくるのだろう?

地球は一年かけて太陽の周りを回っている。公転運動と呼ばれるものだ。地球は太陽から1億5000万キロメートル離れたところで公転運動をしている。その運動速度は秒速30キロメートルにもなる(時速だと約11万キロメートル)。ダストは地球の重力の影響も受けるので、地球大気との衝突速度は秒速数10キロメートルになる。最大速度は秒速70キロメートルぐらいだが、これは時速25万キロメートルにもなる。ダストは数10キロメートルの距離を駆け抜け、「流れ星」として見える。ちなみに、「流れ星」が光っている高度は、約100キロメートルの上空だ。

大気に突入したダストは大気中の物質(原子、分子、イオン)と相互作用する。端的に言えば、摩擦力を受ける。ものすごい速度で相互作用するから、当然、ダストの温度は上昇する。

燃えるわけではないが、ダストは摩擦熱で溶ける。ダストの温度はどこまで上昇するだろうか? 温度は2000度までだ。なぜなら、ほとんどのダストはこの温度になると溶けてしまうからだ(鉄を溶かす溶鉱炉の温度もこの程度)。この温度で出る熱放射は赤外線である。つまり、可視光では見えない。したがって、流れ星が光るのは、大気に突入してきたダストが大気との摩擦で温度が上がり、光っているわけではないのだ。子供の頃仕入れた知識、「地球大気に入ってきたダストが燃え尽きる様子が流れ星として見える」。これは間違っている。別なメカニズムで光っているのだ。

流星痕

「流れ星」はあっという間に消えるが、その後、淡い光が見えることがある。これは「流星痕」と呼ばれる。かなり明るい流れ星でないと見えないが、私は何回か見たことがある。

流れ星が地球の大気に突入したダストが燃えている姿であるとしよう。その場合、燃え尽きてしまえば、「流れ星」は消える。それでお終いである。つまり、「流星痕」が見えることはない。ところが、「流星痕」は見える。これは、“流星=ダストが燃えている姿”という図式を否定する。うーむ、困った。

流れる「流星痕」は大気の動き

ここで、「流星痕」の例を見ておこう(図1)。上下2枚の写真があるが、これはひとつの「流星痕」の時間変化を示している(下の写真は上の写真の1分後に撮影された)。「流星痕」の形は明らかに変化していることがわかる。もし「流星痕」が地球大気に突入してきたダスト粒子が光っているなら、一瞬で移動し消える。姿が変化しているのは、地球大気が光っているからだ。大気は風に流され常に移動している。それが姿を変える「流星痕」として見えているのだ。

図1 1975年11月18日に現れた流星が残した流星痕の例。(上)午前2時26分30秒-27分00秒(30秒露出)、(下)午前2時27分30秒-28分00秒(30秒露出)。撮影地は甲府市。わずか1分の間に、流星痕の形が変化している。これは地球大気の動きを反映している。なお、中央左の明るい星はシリウス、右上には「オリオン座」の一部が見えている。 (撮影:畑英利)

瞬間の「流れ星」、残り香の如き「流星痕」

「流れ星」は一瞬輝いて、あっという間に消える。一方、その後に見える淡い「流星痕」は長い場合は数分も見えている。これらのことを考慮して、「流れ星」が光るメカニズムを考え直してみよう。

「しぶんぎ座」流星群で流れた「流れ星」とその「流星痕」が写っている写真を見てみよう(図2)。

図2 「しぶんぎ座」流星群で流れた「流れ星」とその「流星痕」。この流星群は小惑星2003EH1が撒き散らしたダストが起源になっている。「流れ星」は図中の右から左へ流れた(図中の直線状のカラフルな光芒)。その上に見える赤い不規則な構造が「流星痕」。「流れ星」そのものはわずか1秒も持たずに見えなくなったが、「流星痕」はその後、数分間は見えていた。 https://apod.nasa.gov/apod/ap210202.html

一枚の写真に収まっているが、「流れ星」とその「流星痕」が光っているタイムスケールは違う。「流れ星」は一瞬、「流星痕」はその後、しばらくの間見えている。瞬間の「流れ星」、残り香の如き「流星痕」。この時間差は、2種類の光の輝いている物質やメカニズムが違うことを意味している。

まず、「流れ星」。こちらは真っ直ぐ飛んで、あっという間に消える。継続時間は1秒もない。お願い事をしたくても、している暇はない。図2の写真で重要なことは「流れ星」の色がどんどん変わっていくことだ。実は、光っている元素が違う。

最初は青から緑―ダストに含まれていたマグネシウムの輝線放射
次に紫―ダストに含まれていたカルシウムの輝線放射
最後は緑―ダストに含まれていたニッケルの輝線放射

小さなダスト粒子にも構造がある。そのため、地球大気に突入したダスト粒子は外側にある物質から大気に吐き出される。それが、色の変化を生み出しているのだ。

一方、「流星痕」の色は変わらない。どこでも赤だ。これは地球大気の電離窒素と電離酸素の輝線放射だ

では、私たちは図2に示したような「流れ星」の色の変化や、「流星痕」の赤い色を見ることはできるだろうか? 実は無理だ。「流れ星」は輝いている時間が短すぎて、色を識別している暇はない。また、「流星痕」は淡すぎて、色を見るのは難しい。

星にさまざまな色を見た宮沢賢治とフィンセント・ファン・ゴッホでも無理だろう。私にはまったく無理だ。残念だが、致し方ない。

「流れ星」はなぜ光る?

では、改めて「流れ星」がなぜ光るか考えてみよう。そのヒントは図2にある。私たちが見る「流れ星」は図2に写った直線状の光だ。この写真では色を変えながら流れている。マグネシウム、カルシウム、ニッケル。1秒にも満たない間に、光る物質が変わっているのだ。これは地球大気に突入して壊れたダストの成分が大気に放出され、順次光っていると考えるのが自然だ。これを作業仮説として採用することにしよう。

流れ星の発光の様子から、次のことが言える。ダストが層状になっていて、一番外側にマグネシウム、その下にカルシウム、ニッケルがあった。それらの原子がダストから放出されると地球大気のガスと衝突する。エネルギーの高い状態に励起されるが、その後、またエネルギーの低い状態に戻る。そのとき、輝線放射を出す。これが「流れ星」の光になる(図3)。

図3 図2に示した「流れ星」の光の解釈。

「流星痕」はなぜ光る?

次に、「流星痕」の発光メカニズム。ここで活躍するのは大気のガスだ。ダストの突入によって、通り道にある地球の大気は圧縮される。大気中のガス(原子、分子、イオン)はエネルギーの高い状態になる。その後、またエネルギーの低い状態に戻る。このとき、そのエネルギー差に相当する輝線放射を出す。これも「流れ星」の光になるが、「流星痕」として光って見える(図4)。光るのは、地球に突入してきたダストではない。ダストに刺激を受けた地球大気のガスだ。ここが重要なポイントである。

図4 図2に示した「流星痕」の光の解釈。

図2の写真に基づいた「流れ星」と「流星痕」の光るメカニズム

図2の写真に基づいて作業仮説を立てた。その仮説に基づいて、「流れ星」と「流星痕」の光るメカニズムを考察してみた(表1)。ひとつの流れ星(図2)基づく考察なので、一般論として、これでいいのかはわからない。

いずれにしても、「流れ星」はダストが燃えているのを見ているわけではない。それだけは確かだ。

 

「流星痕」が詠み込まれた歌

最後に気分転換。「流星痕」を詠んだ短歌を紹介しよう。

冬の夜に流るる星の白き尾はすこし久しく光りたるかな  与謝野晶子 
(『てにをは 俳句・短歌辞典』阿部正子 編、三省堂、2020年、792頁)

この歌に出てくる表現「すこし久しく光りたるかな」は、与謝野晶子が流星痕を見た証拠だと思ってよい。まさか流星痕が詠み込まれている短歌に出会うとは思ってもいなかった。夜空をきちんと眺めている風流な人がいる。見習いたいものだ。

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