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宮沢賢治の宇宙(38) ジョバンニの切符を手に入れた!

どこでも勝手に歩ける通行券

ジョバンニたちは銀河鉄道に乗って天の川を旅する。宮沢賢治の名作童話『銀河鉄道の夜』での話だ。列車に乗るには乗車券が必要だ。特急なら特急券も買わなければならない。持たずに乗れば、無賃乗車の罪になる。

ジョバンニは銀河ステーションで銀河鉄道に乗り込んだが、そのとき切符を買った覚えはない。大丈夫なのだろうか?

案の定、途中絵で車掌が切符の検察にやってきた。焦るジョバンニは上着のポケットを探してみる。買った記憶がないのに、なんと切符らしきものが出てきた。それが「どこでも勝手に歩ける通行券」だったのだ。前回のnoteでは賢治が1923年の夏に出かけたサガレン(サハリン、樺太)旅行で見かけた当時の鉄道省が発行した北海道の稚内とサガレンの大泊を結ぶ稚泊航路を利用する切符を見て思いついたアイデアだという話をした。

note「宮沢賢治の宇宙」(21)『銀河鉄道の夜』ジョバンニの切符
https://note.com/astro_dialog/n/n77509249b9e3

ジョバンニの切符

実際のところ、ジョバンニの切符とはどんなものだったのだろう? 車掌が切符の検察にやってきた場面を見てみよう。

「さあ、」ジョバンニは困って、もじもじしていましたら、カムパネルラは、わけもないという風で、小さな鼠いろの切符を出しました。ジョバンニは、すっかりあわててしまって、もしか上着のポケットにでも、入っていたかとおもいながら、手を入れて見ましたら、何か大きな畳んだ紙きれにあたりました。こんなもの入っていたろうかと思って、急いで出してみましたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑いろの紙でした。

買った記憶がないのに、「ハガキぐらいの大きさの緑色の紙」がポケットから出てきた。ジョバンニはよくわからないまま、その紙を車掌に見せた。

車掌が手を出しているもんですから何でも構わない、やっちまえと思って渡しましたら、車掌はまっすぐに立ち直って叮寧にそれを開いて見ていました。そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。

どうも切符というよりは、証明書のような紙だったようだ。
「これは三次空間の方からお持ちになったのですか。」車掌がたずねました。
「何だかわかりません。」もう大丈夫だと安心しながらジョバンニはそっちを見あげてくつくつ笑いました。
「よろしゅうございます。南十字へ着きますのは、次の第三時ころになります。」車掌は紙をジョバンニに渡して向うへ行きました。
 カムパネルラは、その紙切れが何だったか待ち兼ねたというように急いでのぞきこみました。ジョバンニも全く早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草のような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したものでだまって見ていると何だかその中へ吸い込まれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕りが横からちらっとそれを見てあわてたように云いました。

その証明書らしき紙はかなり不思議なものだった。「いちめん黒い唐草のような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したもの」

これが鉄道の切符だとは思えないのだが、車掌の検察はうまくいった。そして、隣に座っていた「鳥捕り」がその切符の正体を見切ったように語る。
「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈でさあ、あなた方大したもんですね。」(『【新】校本 宮澤賢治全集』第十一巻、筑摩書房、1996年、149-150頁

なんと、ジョバンニの切符は「どこでも勝手にあるける通行券」だったのだ。

十界曼荼羅

では、ジョバンニの切符とはなんだったのか? そのヒントは次の文章にある。「いちめん黒い唐草のような模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷したもの」

これを元に多くの賢治研究家は賢治が国柱会から授かった「十界曼荼羅」(図1)だったと推察している。例えば、『[銀河鉄道の夜]フィールド・ノート』(寺門和夫、青土社、2013年、48頁)を参照されたい。

図1 『[銀河鉄道の夜]フィールド・ノート』(寺門和夫、青土社、2013年、48頁)に紹介されている「十界曼荼羅」。

賢治の記述に基づけば、ジョバンニの切符は「十界曼荼羅」だったのだろう。本来の鉄道の切符としてはおかしい。しかし、童話の世界の話なので、特に問題はない。そう思って、この問題に深入りすることはしないようにしてきた。

レターパックに入っていたもの

4月のある日、レターパックがひとつ届いた。友人のH君からだ。封を切って中身を見て驚いた。なんと、「十界曼荼羅」が出てきたのだ(図2)。花巻にある賢治の菩提寺、身照寺のものだ。

思わず、「ははーっ!」と言って頭を下げた。

まさかジョバンニの切符を見ることができるとは思いもしなかった。
持つべきものは友である。

図2 友人のH君からいただいた身照寺の「十界曼荼羅」。


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