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宮沢賢治の宇宙(91) 銀河ステーションはどこにある?

突然のアナウンス

ジョバンニはどうやって銀河鉄道に乗ることができたのか? その場面を見ておこう。

まず、町外れの丘の頂に到着し、天気輪の柱の下で休む。

ジョバンニは、頂の天気輪の柱の下に来て、どかどかするからだを、つめたい草に投げました。

しばらくすると、天気輪の柱に異変が起こる。

そしてジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍のように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃い鋼青のそらの野原にたちました。いま新らしく灼いたばかりの青い鋼の板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。

三角標は星を意味する。天気輪の柱は星に姿を変え、野原にすきっと立った。おそらくこれが天の川へと至る道になったのだろう。

するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云う声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊の火を一ぺんに化石させて、そら中に沈めたという工合、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫れないふりをして、かくして置いた金剛石を、誰かがいきなりひっくりかえして、ばら撒いたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦ってしまいました。

そうこうしているうちにアナウンスが聞こえる。「銀河ステーション、銀河ステーション」。天気輪の柱が星になり、天の川へと誘ってくれた。知らないうちに、ジョバンニは銀河ステーションに到着していたのだ。

気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗ってゐる小さな列車が走りつづけてゐたのでした。ほんたうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座ってゐたのです。 (『【新】校本 宮澤賢治全集』第十一巻、筑摩書房、1996年、135頁)

天気輪の柱→三角標(星)→天の川に至る高い塔→銀河ステーション

あっという間の早業でジョバンニは銀河鉄道に乗っていたのだ。

銀河ステーションはどこにあるのか?

夜』の物語の中では非常に重要な場所なのだが、説明がまったくない。そのため、この駅がどこにあるのか、皆目見当がつかない。銀河鉄道はこの駅を出たあと、「白鳥の停車場」に着く。わかっているのはそれだけだ。

銀河鉄道は「サウザンクロス駅」を目指す。「白鳥の停車場」の前(北側)にある駅だとすると、星座では「トカゲ座」、「ケフェウス座」、「カシオペア座」、「ペルセウス座」が候補にあがる(図1)。しかし、『銀河鉄道の夜』の文章には銀河ステーションの位置を示す言葉は何ひとつない。

図1 夏の天の川に沿う星座。「はくちょう座」の北側には「トカゲ座」、「ケフェウス座」、「カシオペヤ座」、そして「ペルセウス座」がある。 https://www.nao.ac.jp/astro/sky/2024/10.html

咲き乱れる「りんどう」の花々はペルセウス座の二重星団か?

銀河鉄道に乗ったジョバンニは窓から外の景色を眺める。そのとき、印象的な言葉が出てくる。それは「りんどう」の花である。

ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすゝきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光の中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。
「あゝ、りんだうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。
 線路のへりになったみじかい芝草の中に、月長石ででも刻まれたような、すばらしい紫のりんだうの花が咲いていました。
「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせやうか。」ジョバンニは胸を躍らせて云いました。
「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまったから。」
 カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんだうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。
 と思ったら、もう次から次から、たくさんのきいろな底をもったりんだうの花のコップが、湧くように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。 
(『【新】校本 宮澤賢治全集』第十一巻、筑摩書房、1996年、137頁)

「りんどう」は俳句では秋(仲秋)の季語になる。夏祭り(ケンタウル祭)の夜の出来事だが、なぜか「りんどう」が出てくるのだ。お盆の頃の祭りなら、立秋を過ぎているので問題はないが、正確な日付はわからない。

それはさておき、「りんどう」の花の見事さだ。次から次へと出てくるというのだ。「りんどう」の花も三角標、つまり星だとすれば、「りんどう」の花々の見え方は星団に相当する。

「はくちょう座」の北には有名な星団がある。「ペルセウス座」の方向に見える二重星団 h+χPerだ(図2)。太陽系からの距離は7600光年であり、二つの星団はそれぞれ75光年の広がりを持っている。「ペルセウス座」のこの方向にはOBアソシエーションと呼ばれる、若い星々の集団がある。その中核をなすのが二重星団である。年齢は1400万年程度で、まだ若い青白い星々がたくさんある。それぞれの星団に含まれる青白い星の数は約300個にもなる。まさに、紫色の「りんどう」の花が咲き誇っているかのようだ。ジョバンニたちが見た、咲き誇る「りんどう」の花々がこの二重星団だとしたら、銀河ステーションは「ペルセウス座」の方向にあったのかもしれない。

図2 「ペルセウス座」の方向に見える二重星団 h+(エイチ)+χ(カイ)Per。 https://ja.wikipedia.org/wiki/二重星団

吉田源次郎も絶賛

賢治が愛読していた天文書は吉田源次郎による『肉眼に見える星の研究』(警醒社、1922年)である。この本でも二重星団は紹介されている(111頁)。

かの有名な天界の一大壮観―ペルセウス座二重星団があります。肉眼で見ればそれは唯(ただ)ぼうつとした霧状(むじょう)の光の集團のやうにしか見えませんが、度の強い望遠鏡で観望するならば、それは恐ろしい迄に、インスパイアリングな光景を呈するさうです。

いやはや、すごい褒めようである。ここで、インスパイアリングは感激させるという意味で使っているのだろう。

愛読書にこう書いてあれば、賢治も二重星団に大いに興味を抱くはずだ。眼の良い賢治なら、自宅の屋根に登って霧状の光芒を見て楽しんだに違いない。夜毎、賢治自身も銀河鉄道に乗っていたのだ。


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