大学1年 冬⑥さようならの2万円
ある日、バイト先の社長が店に来た。
社長は普段は別な地域にいるからお店に来ることはほぼない。
せっかくだから将来のこと相談にのってもらおう!
「おう、相談か!ところで、お前は将来どうしたいんだ?」
"いろんなことやりたいです!なんか、いろいろ悩んだんですけど、考えれば考えるだけやりたいこといっぱいあります!"
「んで、いろいろってなんだ?」
"え、いやいろいろっす。なんかファッションとか、ダンスとか、有名になったりとか、いろいろ"
「いやだから、いろいろってなんだよ!モヤっとした大雑把なものじゃなくて、ハッキリしろよ!」
こまった。
言われてわかった。
僕がこれまで思い描いていた夢は、あまりに曖昧だった。
具体的なコレ!というものがない。
デザイナーになりたい!はある。
でも、それ以外はなんだろう。
なんか、いろいろやりたい!けど、具体的にお仕事として考えた時になんなのかがよくわかんない。
ダンスしたい。。。
でも、これはなりたいものなのか?
ダンサーとして生きていきたいのか?
この前の三代目魚武濱田成夫の"自由になあれ"で彼は最初になりたいものの宣言から物語が始まった。
そしてそれを実現するためにどんなバカなことでもひたすら行動にうつしていた。
俺は、具体的にどうしたいかがよくわかんないけど、なんとなく"こんなんだったらいいな"のためになにしていいかもわからずがむしゃらに動こうとしていた。
なんとなくはゴールが見えない。
これはあかん。
こうして社長にケチョンケチョンにやられた俺は、家に帰ってから真剣に考えてみた。
とりあえず、やりたいことリストを作ろう。
•ファッションデザイナーになる
•ダンサーとして有名になる
•ラジオのパーソナリティになる
•テレビに出る
•クラブに顔パスで入れるようになる
•社長になる
•自分のお店を持つ
•自分のブランドを持つ
とりあえず、8個。
俺が俺の欲求を全て満たした未来はこの8個を実現した先にある。
ぜんぶ叶えてやる。
どうやっていいかはわかんないけど、やりたいことが言語化出来たことが嬉しくて気分はものすごい前向きになった。
来週はまた社長がくる。
そしたら"やりたいことがハッキリしました!"と、わざとらしく報告に行ってやろう。
この前ボロクソに言われたことのリベンジだ!
そしてとうとう社長と会う日がきた。
"社長、俺やりたいこと決まったっす!8個あって、、、"
「おい、お前やりたいことあるのはいいけど、どうしたらなれるとかわかってんのか?」
"わかりません"
「会社が出来てから、3年以内に倒産する確率知ってっか?」
"わかりません"
「50%以上だ。お前、社長になりたいんだよな?社長になりたい人の半分以上が3年以内に倒産すんだぞ!お前、生き残れる自信あるか?」
"わかりません"
「わからないうちは、生き残れない!生き残るためにお前はなにを頑張らなきゃいけないかわかってんのか?」
"わかりません"
ボロクソに言われた、、、
半端なく悔しかった、、、
でも
でも、今自分がやるべきことが少しずつ見えてきていることがただただ嬉しくもあった。
帰り、本屋さんに寄った。
経営の勉強をするためだ。
経営学部なのに、会社の経営のことはまるでわからない。
なんか、大学で学んでることとは実際の経営ともちょっと違う気がしたから、もう少し身近なものがいいな。
将来社長になる人が読んでそうな本にしよう!
そう思って手に取った本は
"ナポレオンヒルの成功哲学"
これが、世の中のことが何にもわからないなりに初めて買ったビジネス書となった。
毎日少しずつ進んでる。
そんな実感が日々湧いて、とにかく毎日が楽しかった。
こうしてとても充実した日を過ごしていると、初めての合コンに誘ってくれた長身イケメンを同級生が囲んでる姿に出くわした。
話を聞くと、長身イケメンの彼女が妊娠したらしく、彼は大学を辞めて働くことにしたとのこと。
めちゃくちゃ衝撃だった。
そして、病院の費用などをみんなでカンパしているとのことだった。
こまった。
なんとかしてあげたい。
でも、マジでお金がない。
それは僕だけじゃなく、彼もそうだった。
だからこそ、みんなでなんとかしようとお金を集めていた。
こんなドラマみたいな出来事が身近で起きるなんて。
それに出産とかもすごいお金がかかるらしい。
僕は学校のATMに行き、バイトの給料2万円を引き出して彼に渡した。
この日が、彼の顔を見た最後だった。
彼にも夢があった。
頑張ってれば、きっといつかどこかで道は開けるとジョージは言った。
でも、子育てをして働きながら夢のために勉強するなんて簡単なことじゃない。
だから彼は学校を辞めて働くのだ。
頑張ってもどうにもならないこともあるんだ、きっと。
そうは言っても、諦めなければ彼もいつか夢は叶うんだろうか。
もし今俺に子供が出来たら、俺は8個の夢を諦めて働くのだろうか。
働かなきゃいけないだろう。
そして働き出したら段々仕事の忙しさとかで夢のこともどこかへ忘れてしまうんだろうな。
気付いた時には、鏡を見るとなりたくない大人の姿が映ってる状態が訪れているんだ。
急に、当たり前のように今まで生きてこれたことが奇跡みたいだなと思った。
なんて恵まれた環境なんだろう。
まだまだ気持ちも固まってなくて毎日がアンバランスなままだけど、綱渡りのように絶妙な日々を過ごして生きていこう。
この綱渡りから落ちた時、鏡にはなりたくなかった大人の姿が映るのだ。
こわい。
でも、ちゃんと目標に向けて進もう。
そう思って初めての北海道の冬を終えた。