アスタミューゼの未来予測手法~『2060 未来創造の白地図』の舞台裏(後編)~
前回の記事ではテクノロジーインテリジェンス部の部長、川口伸明さんに全世界193ヵ国・39言語・7億件を超えるイノベーションデータから近未来のライブシーンを描き出したベストセラー『2060 未来創造の白地図』(以下、『2060』)の世界観がどのようなコンセプトやデータ、ロジックに基づいて導き出されたか、その舞台裏についてお聞きしました。
今回は、その応用編ということで、アスタミューゼが実際に新規事業支援や企業価値評価といった場面でどのように独自の未来予測手法を活用しているのか、その実態について伺いました。
「守りの知財」から「攻めの知財」へ
---前回は『2060』の世界観を支えるデータやロジックについてお聞きしましたが、アスタミューゼの事業のひとつである新規事業支援コンサルティングでは、どういった形で活用されているのでしょうか?
特許の牽制関係に着目して、想定外・異分野への事業展開を探索する、という手法があります。
前回お話ししたとおり、特許は最大20年間、医薬などでは認められれば最長25年まで権利を行使できますが、権利を失ってからも発揮できる機能があり、それをアスタミューゼでは「牽制」と呼んでいます。「牽制」は他者の特許出願を「拒絶」させる機能で、ある特許が牽制した他社特許が多いほど、技術的優位性が高いという判断ができます。
後から出願した側(牽制先)は、拒絶理由通知や拒絶査定に「拒絶になった理由」が書いてあるので、なぜ拒絶されたのかがわかります。ところが、先に特許を持っていた側(牽制元)には通知が来ません。私たちははそこに着目しました。
たとえば、ある企業が車の排気ガス機材を特許出願していましたが、その後に出願したある飲料メーカーの特許が共通の技術要素を持つということで拒絶査定を受けていました。車のフィルタリングで用いられていた材料の微細構造と同様の技術が飲料の不純物を除去するために使われていたためです。車の技術が食品という、まったく異分野の技術の権利化を阻止していた、ということになります。
このように特許の発明や技術そのものが、想定外の異分野の技術にも影響を与えることがあるのですが、大企業の知財部でさえ、特許を出願したその後の影響までは追えていないことが多いのです。
私たちの新規事業コンサルティングでは、自社の技術展開を考える際、出願している特許が「牽制」した実績から、業界や技術分野を超えて新たな事業を提案しています。先ほどの例でいえば、自動車業界や環境分野から飲食業界や衛生・品質分野に参入してみませんか、という提案になります。
既存の技術も牽制実績から異分野に展開すると、また新しい技術になることもある。特許には権利という「守りの価値」のほかに、隠れた才能をまた別の技術に展開し事業化する「攻めの価値」もあるのが面白いところです。
さらに、縦軸に分析対象企業の技術を、横軸にアスタミューぜの定める「2030年の成長領域」(136分野)や「解決すべき社会課題」(105テーマ)をとって集計した「牽制マトリクス」というツールを用いて、想定外の異分野における応用展開を探索できるというのもアスミューゼならではの「客観的発散」手法です。
発散した後、個々の可能性について、担当アナリストの専門性や知見、部内でのディスカッションを通して絞り込み、イマジネーション、インスピレーションも交えて、数十から数百の「事業化仮説」に主観的に収束させていきます。ここはデータドリブンだけではない、アナリストの個性や感性が試される部分です。
サステナブルな未来を設計するには
---「牽制」の考え方や成長領域の分類はこういった形で活用されているんですね。では、社会課題の分類はどういった形で使われているのでしょうか?
企業の中でもSDGsやESG経営への意識の高まりとともに、社会課題の解決に取り組むことで未来創造や企業価値向上につなげようという動きが出てきています。
アスタミューゼは、技術によって解決できる105の社会課題を独自に定義し、SDGsが提唱される前から社会課題解決の重要性を発信してきました。そこで、私たちはサステナブル(持続可能)な企業価値向上に寄与する無形資産について、その社会課題解決ポテンシャルを定量評価することを試みています。それが、マテリアリティ・スコアです。マテリアリティ(materiality)には、物質性や実体という意味とは別に、「(財務情報に基づく意思決定に影響を及ぼす)重要性」という意味があります。そこから転じて、SDGsやESG投資に関連した「価値創造への長期的な影響を及ぼす重要課題」という意味で使われることが増えてきました。
アスタミューゼが定義する「マテリアリティ・スコア」は、SDGs/Beyond SDGsに対応するアスタミューゼの「解決すべき社会課題105」について、各産業への紐づけ及び産業の市場規模を踏まえ、マテリアリティを定量化したものです。
詳しく言うと、2050年の未来に向かって社会課題をテクノロジーによって解決することのインパクトを、定量的かつ経時的(2030年・2040年・2050年)に可視化するために、105の社会課題一つ一つに、解決につながる技術及び事業領域の広がり(成長領域136)、技術的強さ(特許)、関連分野の基礎研究力(グラント)等のデータを用いて解析したスコアで、社会全体の問題意識や解決圧(課題解決の重要性・緊急性)を知ると同時に、各企業・業界等にとっては、自社の経営課題としてのサステナビリティや事業戦略、投資行動等に重要なインサイトを与える数値指標です。
社会課題と各産業への紐づけは「社会課題105」を、「成長領域136」や「SASB」(※1)公表の社会課題x産業対応表 (Materiality Map)とアスタミューゼ専門家の相関性分析を基に行っています。
また、「社会課題105」に紐づく産業を、「成長領域136」ごとの市場規模を用いて、経済活動の規模に基づくスコアを算出しています。成長領域の代わりに「GICS」(※2)公表の産業分類を用いて計算することもできます。
こうして社会課題105に紐づく産業の相関性スコアと、産業ごとの経済性スコアとの積の総和により、各社会課題のマテリアリティ・スコアを算出しているのです。
社会課題のテーマによって、2030年、2040年、2050年と時代が進むにつれて、ますますスコアが増大する課題がある一方、徐々に課題解決が進み、スコアが減少する課題も見られます。これは、解決につながる成長領域の広さや技術進化の速さなどが関係すると考えられます。年代により、重要課題のランキングや緊急性がシフトしていくことが示唆されます。
なお、計算方法の詳細や実際の数値は、近日中に弊社プレスリリースにて公開します。(※PR TIMESでアスタミューゼをフォローすると、新着情報が届きます)
企業がマテリアリティ・スコアを経営戦略に活用する方法の一つとして、縦軸に自社の保有技術、横軸に社会課題ごとのマテリアリティ・スコアをとった「マテリアリティ・マトリクス」によって、自社の社会課題解決に対する貢献度を可視化することができます。
SDGs/社会課題に経済活動を織り込むことで経済的インパクトを定量化し、課題間の重要度を経済的観点から比較することで、単なる社会貢献ではなく、具体的に自社の強みを生かした社会課題への投資判断が可能となります。
(※1) SASB(Sustainability Accounting Standards Board:ゴールドマン・サックス等、世界的な金融機関が出資する、ESG関連の情報開示の標準化を主な目的に活動する米国の非営利団体)公表の社会課題x産業対応表を基に、SDGs社会課題と各産業との相関性をアスタミューゼで分析
(※2) GICS (Global Industry Classification Standard):S&Pとモルガン・スタンレーが共同で作成した産業分類
社会課題解決のためのエコシステム構築
---社会課題起点で新規事業を選定しよう、というのは新しいトレンドですし、成長領域から選定するよりもハードルが高いような気がします。具体的に最初の一歩を踏み出すには、どういったところを足がかりにすればよいのでしょう?
アスタミューゼでは、技術起点で新規事業テーマを選定するための基本フレームワークを「新規イノベーターの数と質」と「自社の強み(知財競争優位性)」という軸で整理しています。自社の知財競争優位性が強く、新規イノベーター(ベンチャー、スタートアップなど)の数が多く質が高い領域は他社と組むオープン戦略、自社単独で取り組むクローズ戦略ともに挑戦可能で、社会課題解決のインパクトがより大きくなる、という考え方です。
「マテリアリティ・マトリクス」では自社の保有技術で何ができるか、ということが可視化されるわけですが、自社だけではなく、アライアンスやライセンスで社会課題解決のためのエコシステムを構築することで、より良い社会を実現する力が大きくなるのです。
より良い社会を実現する企業が投資有望銘柄に
---企業が自社だけで頑張るのではなく、エコシステム全体で社会課題解決に取り組む時代が始まるんですね。こういったエコシステムに参画する企業が正しく評価されて報われる世の中になるといいですね。
私たちは企業価値評価の取り組みも行っていて、社会課題や成長領域といった独自の領域定義・領域選定と、社会課題解決力など独自の基準による銘柄選定を掛け合わせて、テーマごとに企業価値を定量評価しています。
近年、海外の金融機関中心に、投資戦略策定や資産運用にオルタナティブデータを活用する動きが進んでおり、国内でも徐々に活用の兆しが見えてきています。 また国内資本市場においては、スチュワードシップ・コードの浸透やコーポレートガバナンス・コードの改訂も相まって、企業の無形資産の把握に関する議論が活性化しつつあります。
これらを背景に、アスタミューゼでは金融機関に領域選定のロジックや、無形資産による銘柄の競争力評価スコアを提供するといった取り組みを行っています。
アスタミューゼ、三菱UFJ信託銀行への企業評価スコア提供契約、社会課題解決型ファンド運用支援開始へ 〜中長期的な成長領域判定ロジックや、領域別無形資産の競争力評価スコアを提供〜
また、ESGの取り組みにおいて、気候変動リスク・機会に関連する企業の情報開示の重要性が高まりつつあります。世界が脱炭素社会への移行を目指す中、産業間でも大規模なリスクと機会の移転が生じることが見込まれることを背景に、リスクと機会の産業間の移転状況の可視化や、脱炭素技術の国・地域別のトータルパテントアセット分析などを行っています。
GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が発行する「2020年度ESG活動報告書」にアスタミューゼの分析データが掲載されました
経済産業省より「エネルギー白書2021について」が公開されました
これからは、より良い未来創造を実現する技術や事業を展開する企業が投資対象としても有望な銘柄になっていくでしょう。