【絵本レビュー】 『ろくべえまってろよ』
作者:灰谷健次郎
絵:長新太
出版社:文研出版
発行日:2005年2月
『ろくべえまってろよ』のあらすじ:
たいへんだ! 犬のろくべえが深い穴の中に落ちてしまった。早く助け出さないと死んでしまうかもしれない。どうしよう! 子どもたちは救出大作戦に……。
『ろくべえまってろよ』を読んだ感想:
穴の中に落ちた犬をどうやって助けるか、子供達にとっては重大な問題ですよね。
私が猫のプー太郎をうちに連れて帰って来た日を思い出しました。夜の八時近くに練習を終えて更衣室から出てくると、先に出て来ていた男子が床に座って何かを見ていました。近づいてみるとキジ猫が一匹、子供達に囲まれて嬉しそうにしています。
ただ、スイミングプールと猫という組み合わせは、ちょっと不思議な光景でした。特にこのプールが校庭の一番奥にある四階建ての校舎の屋上にあったことを考えると。スイミングに上がる階段は校舎の外側にあり、屋上まで直通なのですが、おそらく外付け階段をガラスで覆ったものだと思います。でも子猫が登りたくなるような階段ではありませんでした。私たちが一番最後のレッスンなので人気もないし、五階まで上がって来るなんて不思議な気がしました。
猫はおそらく一歳くらいだったと思います。背中にキジ模様がありお腹と足は白い人懐っこい猫でした。さあ私たちは考えました。五、六人の小学生たちが寄り集まって、どうやって親たちを説得しようか考えました。どの子の目も希望でキラキラしていました。私たちは下に降りて、一人ずつ家に電話をすることにしました。
猫は私たちが階段を降り始めるのを見ると、一緒について来ました。入り口に着いたら逃げてしまうのではないかという私たちの不安とは裏腹に、猫はただ子供達の足にまとわりついていました。そのまま校庭も突っ切って、私たちは道路にあった公衆電話に全員で入りました。もちろん猫も一緒です。まずは一番年下の兄弟から。あっさり断られました。次は別な女の子。やっぱりダメです。もう一人の女の子もアパート暮らしだからという理由で却下されました。残ったのは一軒家に住んでいる女の子と私だけでした。私はきっとダメだろうと思っていたので、望みの綱は最後の女の子でした。みんなで電話ボックスにぎゅうぎゅう詰めで入って、女の子の会話を聞いていました。やっぱりダメでした。
がっかりして、他の子達はみんな帰ってしまいました。残ったのは最後の女の子と私。私の父はレッスンの後車で迎えに来てくれていたので、いつもその子を家の近くまで乗せて行ってあげていたのです。猫は私の腕の中でゴロゴロと喉を鳴らしています。車はいつも道の反対側に止まっていたので、私たちは歩道橋を渡らなければなりません。猫を抱えて歩道橋を渡った挙句飼えないことになったらどうしたらいいんだろう。私たちは一言も話さずにゆっくりを階段を登りました。ネコが呑気にのどを鳴らす声だけが聞こえていました。
階段を降りきり、車に近づく足がこんなに重く感じたことは今までなかったと思います。車の横に着き、友達がドアを開けました。その後ろから猫とともに車を覗き込む私。私たちを見る父の表情に変化はありませんでした。
「プールに迷い込んで来たの。みんなのうちはダメって言うんだけど、うちで飼ってもいい?」
「返してこい!」と言われるのを覚悟していた私の耳に聞こえたのは、
「二人とも、早く乗りなさい」でした。
友達と私は顔を見合わせて安堵の笑みを浮かべ、車に乗りました。私は猫を抱えたまま後ろの席に座りました。猫はこちらの心配事など知らん顔でゴロゴロと喉を鳴らし続けています。
実のところ私は、友達が車を降りた途端「猫を捨ててこい」と言われると思っていました。ところが父は何も言わず車を走らせ続けました。私はいつ怒られるのかとドキドキしながらうちまで帰りました。
「この猫がうちに来る」
駐車場からうちまでの数百メートルを、私は信じられない気持ちで歩いていました。
家に着くと父はお風呂場から水を張った洗面器を持って来ました。猫の足を掴んで、水に浸けました。
「野良猫はこうすると家に居着くんだ」
足が濡れた猫はちょっと居心地が悪そうな顔をして足をプルプル降った後、ぺろっと舐めました。その夜この猫はプー太郎と名付けられ、私たちの家族の一員となったのです。
これがプー太郎をスイミングプールから助け出して養子にした日のお話です。
『ろくべえまってろよ』の作者紹介:
灰谷健次郎
1934年、兵庫県神戸生まれ。17年間の小学校教師生活ののち、アジア・沖縄を歩く。1974年『兎の眼』を発表。1979年山本有三記念第一回「路傍の石」文学賞受賞。1980年から約10年、淡路島に移り住む。その後、沖縄・渡嘉敷島に拠点を移して作家活動をつづける。主な作品に『太陽の子』(理論社)、『ろくべえまってろよ』(文研出版)、『マコチン』、『子どもになりたいパパとおとなになりたいぼく』(ともに、あかね書房)、『コバンザメのぼうけん』(童心社)などがある。2006年没。
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