コーヒーもお酒も飲めず料理もできないプログラマーがド田舎にコミュニティカフェ&バーを開店し毎月5万円の赤字を垂れ流している話
岡山県赤磐市。
人口約42,000、岡山市のベッドタウン。
主な産業は桃とぶどうの生産。
高齢化と過疎化が進み、空き家と耕作放棄地が増え、公立高校はなく、目立った観光資源もない。
スーパーやコンビニやドラッグストアやホームセンターや西松屋は適度な距離にあって、生活には困らない。
しまむらはなくてイトゴはある。
スタバはなくて倉式珈琲はある。
チョコザップはなくてカーブスはある。
すき家も吉野家もないけど鰻の成瀬はある。
ココイチはないけどおいしいカレー屋さんがいくつかある。
そんな町に、2024年の9月、コミュニティカフェ「アソビバmachica」(マチカ)はオープンした。
マチカのオーナーである僕は今年40歳になるフリーランスのプログラマーで、まちづくり系NPOに理事として関わっている。
妻と3歳の息子と3人で、赤磐市に住んでいる。
飲食業の経験はない。
タイトルに書いた通り、コーヒーも酒も飲めない。
飲めないと言ってもアレルギーなど体質的な理由で全く摂取できないというわけではない。
コーヒー3に対してミルク7くらいのカフェオレのようなものや、10倍に薄めた梅酒などは飲める。
が、コーヒーやお酒そのものは苦手だし、一般的なカフェやバーのように、こだわりのコーヒーや色とりどりのカクテルを提供できるような知識も興味も持っていない。
そんな人間がなぜカフェ&バーを始めたのか。
理由はいくつかある。
ひとつめは、妻がコミュニティカフェに憧れを持っていたこと。
赤磐市外でコミュニティカフェを訪れた際に、「赤磐市にもあったらいいね」とか「自分で作るならこんなお店にしたい」とか、そういう話をして、それがいつか実現できたらいいなと思っていた。
ふたつめは、僕の周りで「大人のための居場所がほしい」という声がいくつか挙がっていたこと。
まちづくり系のNPOで理事をしていて、そこで関わるひとたちの中から「居場所がない」「気軽に立ち寄って過ごせる場所がほしい」という声が挙がり、それに対する共感の輪が広がる様子があった。
僕もその声には共感したし、そういう場を実現できたらいいなと思った。
みっつめは、時間とお金を比較的コントロールできたこと。
僕はフリーランスのプログラマーで、仕事の時間はある程度自分でコントロールできるし、地方暮らしの家族3人が贅沢しなければ生活できるくらいの稼ぎはある。
妻や仲間たちの「あったらいいな」を実現するために必要なリソースが、僕にはあるかもしれないと思った。
いつかカフェをやってみたいとか、そういう気持ちが全くなかったわけでもないけど、それよりも、妻や仲間たちの声に応えて、まちづくりの一環としてこの場所を作ってみたというところだ。
2024年5月に物件を借りて、たくさんの仲間たちの協力があって、9月に無事オープンを迎えた。
オープンまでのプロセスにはたくさんの面白いことがあったが、それはまた別で書こうと思う。
そして今、タイトルにも書いた通り、毎月5万円の赤字を垂れ流している。
理由はこれ以上なく明確で、「客が来ないから」だ。
客が来ないから売上がない。
売上がないから固定費の分だけ赤字になる。
カストルの隣にはポルックスがある、というくらい自然なことだ。
オープン当初は珍しがって来てくれるお客さんもいたが、数ヶ月も経つと本当に誰も来なくなった。
マチカにはランチもスイーツもない。
コーヒーはカプセル式のものだし、お酒は瓶や缶をそのまま出すような有様だ。
値段も特別安いわけではない。
残念ながら、マチカは人々のニーズを満たせるカフェの体裁が整っていないのだ。
お客さんが来なくなることは当然のことだと言える。
しかしそもそもこの場所は、「居場所がほしい」という声に応えるための場所だ。
初めからランチやスイーツを作って売る想定をしていない。
では、居場所が欲しいと言った仲間たちはどこへ行ったのか。
初めは毎日のように代わるがわる顔を出してくれていた彼らも、日が経つにつれ、すっかり来なくなってしまった。
仲間たちの多くは僕と同じく子育て世代で、日々仕事と子育てに追われ、さまざまな事情を抱えている。
田舎の小さなカフェに足繁く通うというのは土台無理な話なのである。
僕だって自分の店でなければ1年に1度くらいしか行かないと思う。
こうしてマチカは赤字製造箱になった。
赤字と言ってもそのお金はどこから出るのかという話だが、もちろん我が家のポケットマネーから出て行っている。
ただただ我が家の家計を圧迫しまくっているのだ。
IT系フリーランスだから、それなりに稼いでてゆとりがあるのでは?と思われるかもしれない。
非常に残念なことに、全然そんなことはなく、普通に火の車である。
趣味である漫画もゲームも買えず、服や靴を買うのもためらい、妻は食費を事細かに計算して節約し、国保や年金や光熱費の支払いに血の涙を流す、そんな家庭だ。
それなのに、僕は、僕ら夫婦は、これからもしばらくはマチカを続けようと思っている。
もちろんこれにもいくつかの理由がある。
ひとつめの理由は、この場所があるべきだと、信じているから。
居場所というのは、忙しくてしんどい時にこそ必要なものだ。
ふと立ち止まる時間ができた時、疲れて何もしたくなくなった時、誰かに愚痴りたくなった時、そういう時にこそ、気軽に立ち寄れて、受け入れてくれる場所が必要だ、と思う。
ある、ということが一番大事なのだ。
ふたつめの理由は、この場所の可能性をまだまだ感じているから。
マチカでは不定期的にイベントを開催している。
僕ら夫婦が主催するものもあれば、仲間たちが開催してくれるものもある。
マチカは飲食店の営業許可があり、妻が衛生管理の責任者になっていて、それらの決まりごとや管理者の指示に従うことを前提に、どんなことにでも使ってもらえるようにしている。
元海自調理師さんが海軍カレーを販売してくれる日があったり、一晩だけのバーテンダーがいたり、モクテルマイスターがオリジナルモクテルを提供してくれたり、中学生が探究学習の一環でフルーツピザを焼いたり。
飲食に限らず、音楽イベント、金融勉強会、政治に関する座談会、環境に関する勉強会などなど、いろんな人が自分の得意を活かすためにマチカを使ってくれている。
そういうイベントの時には、仲間たちも集まるし、仲間たちがその仲間たちを呼び集めて、初めての人も遊びに来てくれる。
本質的に、マチカはただの箱であり、遊びたい人にとっては何でもできる魔法の箱になるし、そうじゃない人にとっては古くて小汚いただの箱なのだ。
僕らはまだこの魅力を十分に発信できてない。
だけど、そこに気付いてくれた仲間たちが、少しずつ僕らのイメージを超えて遊び始めてくれている。
これこそがマチカの最大の可能性であり、価値だと思う。
(一瞬現実的な話に戻ると、こういうイベントの時に若干のまとまった収益があるため、月5万の赤字で済んでいる、とも言える)
みっつめの理由は、経験とつながりをたくさん得られること。
たくさんの人が自由に遊んでくれる中で、僕らはたくさんのつながりや知識、楽しみを享受できている。
世の中には面白い人がたくさんいるんだと改めて感じた。
飲食店経営という初めての経験も、やってみて初めてわかることばかりだった。
これらはお金では買えないものばかりだし、これだけでも十分に価値があると感じている。
結局のところ、僕らは見かけ上は毎月5万円の赤字を垂れ流すポンコツ経営者だが、実際はその5万円でこれ以上ない経験やつながりや可能性を買って遊んでいる贅沢者なのだ。
だからあなたも赤字を垂れ流してでもコミュニティカフェをやってみなよ、などと、誰かに勧められるものではない。
だけど、もしやってみたいという人があれば、僕らのこの経験は少しくらい役に立つかもしれない。
これから少しずつ、マチカのことを語っていこうと思う。
岡山県赤磐市。
片田舎のその片隅に、今日もマチカはある。