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裸になって、セルフタイマーの音を聞く
自然光で撮りたかったから、自分の部屋で撮れる時間は限られる。落ち着いて撮影するためには家族が外出していることが必要だった。学校が夏休みの間にそのチャンスが来た。美紀は準備していたことを慎重に手際よく進めていく。
ベッドの横の壁に洗いたての白いシーツをピンで止める。レースのカーテン越しに右側から柔らかな光があたる。
机の引き出しからカメラを出し、感度100のカラーネガフィルムを入れ、感度設定のダイヤルを確認する。レンズは50ミリをつける。物置から持ってきた父の三脚にカメラを縦になるように固定して、ファインダーを覗く。
白い空間が見える。カメラを上下左右に振って、写る範囲を確認する。特大のテディベアを自分の代わりにベッドに置いて、フレーミングとピントを調整する。できるだけ絞りを開けて撮りたいと美紀は考えている。レンズについている被写界深度の目盛りを頼りに絞りを決める。美紀はカメラの操作が嫌いではない。写真好きの父の影響もあるのかもしれないが、手順を踏んで条件を決めていき、一枚の写真に結実していくプロセスに惹かれるのだ。
背景が白く飛ぶくらいになるように、ファインダーの中のメーターを見ながらシャッター速度を決める。キャスターのついた大きな姿見を三脚の後ろに置く。ベッドのテディベアを下ろし、代わりに同じ位置に座る。鏡に映る自分の姿を見る。カメラのレンズも見る。
カーテンを閉じ、ショーツだけの裸になって前開きのシャツを羽織り、髪を整え、控えめな化粧をする。
カーテンを開いてレースだけに戻し、ベッドに座る。鏡の中の自分の姿を確認する。悪くないと思う。
ファインダーを覗いて露出計をもういちど確認し、セルフタイマーの小さなレバーを最大のところまで回す。これで約十秒後にシャッターが切れるはずだ。シャッターボタンを押すと、タイマーが動き出す。ジーという音とともにレバーが回転していく。
美紀はシャツを着たままベッドに座り、レンズを見つめる。数秒後、セルフタイマーのレバーが元の位置に戻り、シャッターが切れる。ベッドを降り、フィルムの巻き上げレバー引く。
羽織っていたシャツを脱いで裸になる。ショーツはつけたままにする。セルフタイマーのレバーを回し、シャッターボタンを押す。ベッドに戻り、ポーズをとる。タイマーのジーという音を聞きながら、ファッション雑誌などを参考に考えていたポーズと表情をつくる。
レンズを見つめたり、視線を外したり、楽しみながらポーズを変化させて一人で撮影を進め、24枚撮りのフィルム一本分を撮りきった。
シャツを羽織り、フィルムの巻き戻しレバーを起こしてくるくる回す。美紀はこのくるくるしている短い時間が好きだ。
カメラの裏蓋を開いてフィルムを取り出す。自分の裸像が入っている。それを机の上に置く。カメラを片付け、部屋を元に戻す。三脚も物置に返す。
美紀は下着をつけ、Tシャツとジーンズに着替える。キッチンの冷蔵庫からミルクを出し、マグカップに注いで部屋に持ち帰る。椅子に腰掛け、机の上のフィルムを見る。自分の顔も、はだかの胸も写っているはずのフィルムだ。時間をかけて準備をして、今日やっと実現した。
これを現像に出すべきか、今になって美紀は迷っている。現像してプリントしてもらうことでこの遊びが完結するのだが、プリントが他人の目に触れることには、やはり迷いがある。フィルムを手のひらに乗せて、見つめる。いま、美紀は撮影中よりもドキドキしている。