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バーチャル組織の実践課題 ~第2回 バーチャル組織を活用した海外進出~

文責:高野一弘、久保光太郎、山﨑耕平

AsiaWise Groupでは、2022年4月号より、月刊国際税務において、「バーチャル組織の実践課題」と題した連載を開始しました。本稿は、第2回「バーチャル組織を活用した海外進出」(月刊国際税務 2022年6月号)を転載したものです。

  • リモートワークの急速な浸透により、デジタルツールの活用が進んでいます。特に管理部門の業務については、コロナ禍において大過なく実行できたことが規制事実とされ、そのメリットが強調される形で今後も積極的に利用される、すなわち組織のバーチャル化が促進されると想定されます。

  • 本稿では、海外進出時にバーチャル組織を活用する場合の課題、その解決策のヒントについて検討していきます。

1. はじめに

事業の拡張を検討する場合、海外の市場を目指すことは自然な選択肢の一つです。市場調査や実証実験を実施する場合、現地に拠点を作った上で自社の従業員を駐在員として送り込むことが一般的です。

しかし、昨今のビジネス展開のスピードを勘案すると、現地に拠点を設けて、駐在員を送り込んだのでは、事業側のニーズに対応できない場合もあります。管理側が保守的に画一的な対応方法にこだわり続けた場合、事業側は管理側を無視・排除した形で事業を進めかねず、最悪の場合、コンプライアンス違反や重大な税務リスクに繋がりかねません。昨今はデジタルリモート技術の発展を背景に、現地に拠点を作ったり駐在員を送り込んだりせず、外部のリソースも活用した形で市場調査や実証実験を実施する例が増えています。筆者らは、グループ企業の経営・運営上、必要となる要員とその所在地国が一致しないグループ企業管理体制を「バーチャル組織」と呼び、従来型の指揮命令系統に囚われず、場所さらには組織の枠を超えた企業管理形態の考察を行います。

連載第2回となる今回は、企業が「バーチャル組織」を活用して、機動的かつ効果的に海外進出を実施する場合の課題について、ケーススタディの形式を用いて考察します。


2. ケーススタディ① 外部組織を活用した初期的調査

日本法人A社はASEAN進出を企画しています。A社は、これまで米国、中国に進出していますが、それ以外の国・地域への進出の経験はなく、ASEAN諸国についても具体的な検討は未了という状況です。 過去の海外進出の際は、慎重に市場調査を実施する観点から、進出予定先に駐在員事務所を設置し、市場調査を行った上で、現地法人の設置の意思決定を行なっていました。
しかし、機動的な情報把握、意思決定を行うことを重視する現経営陣は、駐在員事務所を設置することなく進出市場の絞り込みを行うことを検討しています。
当初、現地出張を通じて進出候補の絞り込みを行うことを予定していましたが、海外出張についても可能な限り避けるように指示されました。外部のリソースも活用しつつ進出国の調査を行うに際して、法務・税務の観点からはどのような点に注意すべきでしょうか?

現地出張をせずに進出前調査を行うためには、信頼できる調査会社、会計事務所や法律事務所を活用することが必須と考えます。従前、社内で実施していた業務を外注するためには、外部組織をあたかも自社内の組織の一部のように活用することが必要です。このような組織の枠を超えた企業管理形態を指向する場合、外部組織の選定時において、候補となる外部組織が自社グループのコンプライアンス水準に適合するかについての十分なバックグラウンドチェックを実施することが必要です。また、業務を外部組織へ委託した後も、その業務の適正性を確保するためのモニタリング体制を構築しておく必要もあります。

その上で、外部組織へ委託する業務の内容・範囲を踏まえた適切な契約を締結することが重要です。契約の中で、外部組織を適切に管理しうるように、報告を受ける頻度や内容を明確化するとともに、外部組織の責任と報酬の支払方法についても定めておく必要があります。なお、クロスボーダーの契約においては、必ずしも契約の相手方が日本法の概念を理解しているとは限らないので、請負契約・準委任契約の区別、委任契約における履行割合型・成果完成型の区別等の日本法の概念には頼らずに相手方に対する成果期待を書ききることが必要です。

次に、税務の観点からは、業務委託先が外部組織であることを前提とすると、グループ会社間の取引に適用される移転価格税制やタックスヘイブン対策税制などの本邦税務上のルールは適用されないのが原則です。また、業務委託先が独立の第三者であること、進出前調査を実施している段階であること及びA社従業員が現地に赴任していないことを考慮すると、PE認定課税を受ける可能性は限定的と考えられます。すなわち、形式的にも実質的にも独立第三者間取引であるかぎり、重大な課税リスクが潜む可能性は低いと判断できます。

なお、業務委託先(非居住者又は外国法人)への支払いが、所得税法第161条に列挙されている国内源泉所得の支払いに該当する場合、源泉徴収義務の履行が求められるところ、国外の業務委託先のサービスを受領しているということを前提とした場合、具体的な作業等が当該業務委託先の国内PEを経由して行われる場合や、当該業務委託先の従業員が日本で業務を実施する場合等を除き、国内源泉所得に該当することは原則としてありません。従って、ほとんどのケースでは、国内源泉所得に該当せず、支払い時に源泉徴収義務はないと考えられます。

ただし、インドやパキスタンなどと結んでいる租税条約では、プロフェッショナルサービスなどについて、国内法と異なる定めがあるため[1] 、所得源泉地については、租税条約の定めるところに従うことになります(法人税法第139条1項、所得税法第162条1項)。結果的に、業務委託先がこれらの国の居住者又は居住法人である場合、一定のプロフェッショナルサービスについては、国外で実施されたものであったとしても、国内で実施されたものとみなされ、その上で、源泉徴収の必要性を判断しなければなりません。このような規定の適用により源泉徴収が必要となる場合において、業務委託先が源泉徴収されることを想定していなかったケースなどでは、報酬の純額補償(グロスアップ)を求めて争ってくることも考えられます。このような場合に備えて、契約書において、源泉徴収の対象となる場合、源泉徴収税額を控除できることを明確に記載しておくことが必要です。また、源泉徴収が必要となった場合において租税条約の恩典税率を利用する際、支払いの前に「租税条約に関する届出書」の提出が求められます。届出書には業務委託先の署名が求められるところ、その回収が遅れ、提出が予定通りに進まないことも想定されます。届出書の回収遅延は支払いスケジュールにも影響を与えることになるので、届出書への署名の入手のプロセスにも十分に配慮する必要があります。

3. ケーススタディ② 外部組織を活用した従業員の派遣

A社は順調に初期的調査を完了し、進出市場を絞り込んだ上で、より具体的な市場調査を行うことになりました。そのために、従業員を数ヶ月単位で派遣したいと考えています。もっとも、市場調査の結果次第では、市場進出を行わないという判断もあり得るため、この段階においても、現地拠点を設置せずに調査を進めたいと考えています。
そうしたところ、現地のコンサルティング会社B社から、A社従業員のビザ発行のための招聘人(スポンサー)になることも可能との提案を受けました。この提案に従って従業員を派遣し、調査を進める場合、どのような点に注意することが必要でしょうか?

現地コンサルティング会社B社がA社から受託した調査業務を実施するためには、当該業務に関して専門的な知識・経験を有している人材を充てる必要があります。B社が現地でそのような人材を調達することができない場合、A社の従業員の出向を受け入れることが有力な選択肢となります。また、このようなアレンジをとることで、両社の従業員がB社内において共同で調査業務を遂行することが可能となり、調査を効率的に実施できるという成果を期待することもできます。

このような駐在員の受入れは、両者間において実体ある出向契約・業務委託契約を締結する限り、法律・規制上で大きな障害が生じることはないと考えられます。加えて、個人所得課税の点からも、出向者の勤務地と雇用法人所在国が同一となり、国際的二重課税発生のリスクを適正な水準に管理することが可能です。

もっとも、本件スキームでは、出向契約及び業務委託契約の報酬の対象とその金額次第では、取引の実質について税務当局から疑念をもたれる可能性が否定できません。例えば、出向者の給与見合い金額をA社が実質的に負担するために業務委託契約の報酬を多額に設定したにもかかわらず、業務委託契約上の報告書等の成果物が十分に作成されていなかったような場合は、当該支払額について、本邦の税務当局から寄付金認定を受ける可能性が生じます。また、業務委託契約の無形資産の帰属についても注意が必要です。A社側の実質的貢献の多寡に関わらず、すべての無形資産がB社に帰属するというような立て付けになっている場合、業務委託報酬を支払うことの意義・目的が不明瞭になりかねません。

また、業務委託契約に実体がないと判断された場合、出向者が実質的に日本法人A社の社員としてA社の指揮命令下で現地にて業務に従事しているとの認定を受ける可能性もあります。このような認定を受けた場合、当該出向者及びその執務場所がA社のPEであると認定されます。この点、仮にPE認定を受けたとしても、現地で実施している業務が市場調査のみの場合、当該PEに帰属する所得は少額であり、多額の追徴課税に発展しないとの判断をすることも可能な場合も考えられるところです[2] 。しかし、PE認定がなされた場合、現地での申告書作成やその基礎となる会計情報の取りまとめ、PE帰属費用の賦課・配賦・集計など、本社からの切出し計算において煩雑な作業が発生することが懸念されます。PE認定の検討に際しては、これらの事務工数も考慮に入れた総合的な判断を行う必要があります。

4. ケーススタディ③ ローカルスタッフの採用

A社では本件調査の現地でのサポートを受けるため、現地での業務をサポートするローカルスタッフCの採用を検討しています。もっとも、当面の間は、現地拠点を設置する予定はありません。このようなケースで注意すべき点はどのようなことになるでしょうか?

このような場合、日本法人であるA社が直接、現地に所在するローカルスタッフCとの間で直接、雇用契約を締結することが法律上、可能であるかが問題となります。この点に関しては、当該ローカルスタッフが所在する国・地域ごとの検討が必要となりますが、外国法人が当該国・地域において自社の従業員を抱えた場合、自ら事業活動を行ったものと見なされ、会社法、労働法及び税法上、不測の責任を負うことが懸念されます。例えば、給与の支払いは一般的に、その支払者が源泉徴収義務を負います。この点、本邦法令に基づく給与の源泉徴収は日本国内で行う勤務に起因するものを対象としているため、本邦所得税法に基づく源泉徴収義務は負わない[3] と整理できますが(所得税法第161条、212条)、現地国においてPE認定を受けた場合、現地国での源泉徴収義務を負う可能性が生じます。この点、PE認定を受けたとしても、現地拠点が存在しない場合は、源泉徴収を行うための納税者(源泉徴収義務者)登録や、実際に納税を行うための口座の開設など、実務的に多くの課題が生じます。A社としては、ローカルスタッフCとの間で雇用契約ではなく、業務委託契約の形式をとることで、このような雇用にまつわる問題点を回避することも考えられますが、雇用と業務委託の区別は相対的であり、実質的な指揮命令関係が存在する場合、労働法の規制の潜脱とみなされるリスクもあります。

そこで、以上の問題を回避するため、A社がCと直接契約を締結するのではなく、現地の協力会社(例えば、上述のケーススタディ②の現地コンサルティング会社B社)にローカルスタッフを従業員として雇用してもらう方法が考えられます。ところが、このような方法をとった場合、当該ローカルスタッフについて、雇用主であるB社の就業規則を始めとする社内ルールの適用を排除することは難しく、A社の人事管理権をそのまま適用することが困難となります。また、この場合、B社とCの関係には現地労働法が適用されるため、ローカルスタッフの所在国次第では、現地労働法上、解雇が困難な場合も想定されます。

そこで、これらの問題を解決するために、雇用自体は現地の人材派遣会社とし、人材派遣の形で現地コンサルティング会社やパートナー候補企業に勤務させる方策も考えられるところです。こちらも各国の人材派遣関連の規制を確認する必要はありますが、現地での雇用の負担・責任を人材派遣会社に負ってもらうことが可能なのであれば、有効なオプションとなる可能性があると考えられます。

5. まとめ

本稿は、海外進出に際して、機動的かつ効果的な市場調査等を行うことを目的としてバーチャル組織を活用することの課題について、ケーススタディの形で考察を行いました。実際の検討時にはより多くの事実が複雑に絡まり合うことが想定されますが、そのような中での考え方の整理の一助となれば幸いです。次回以降も、バーチャル組織を活用したビジネス実践について、ケースを織り交ぜつつさらに考察を続けたいと考えています。今後の記事にもご期待ください。

以 上


[1]技術上の役務に対する料金(日印租税条約第12条、日パ租税条約第13条)の源泉地ルールは本邦税法と異なっており、法人税法第139条1項、所得税法第162条1項の適用により、源泉地の置換えが生じます。

[2]単純なサービス提供主体ととらえ、いわゆるセーフハーバー・ルールが適用できるようなケースを想定しています。各国の規定を確認する必要はありますが、本邦「移転価格事務運営要領3−11」においては、5%(同条(1)へ)とすることが求められています。

[3]内国法人の役員として国外において行う勤務等については、国内源泉所得とみなされますので、ご留意ください(所得税法第212条1項12号イ括弧書き)。


執筆者

高野 一弘
AsiaWise Group Tax Team Leader
公認会計士、税理士
<Career Summary>
大手監査法人にて法定監査業務に従事した後、大手税理士法人にて国内・国際税務コンサルティング業務に従事。同法人在籍中に、インド・デリーに駐在。その後上場企業にて税務部リーダーとして企業内から税務業務に従事し、現在に至る。特にクロスボーダー案件に関して豊富な実務経験を有する。
<Contact>
kazuhiro.takano@asiawise.legal

久保 光太郎
AsiaWise Legal Japan 代表パートナー
弁護士(日本)
<Career Summary>
米国、インド、シンガポールにおける9年に及ぶ経験をもとに、インド、東南アジア等のクロスボーダー案件(現地進出・M&A、コンプライアンス、紛争等)を専門とする。
<Contact>
kotaro.kubo@asiawise.legal

山﨑 耕平
AsiaWise Technology株式会社 取締役
公認会計士、税理士
<Career Summary>
大手会計事務所にて勤務開始。法定監査業務、国際税務コンサルティング業務に従事したのち、大手会計事務所の中国事務所に赴任。帰任後は、大手会計事務所のリスクアドバイザリー部門に勤務し、グローバル企業のGRC領域に関するアドバイザリー業務に従事。2021年AsiaWise Groupに加入、DXプロジェクトにおけるGRC領域での支援を行う。
<Contact>
kohei.yamazaki@awdigital.consulting



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