【創作】ホテル
「ラブホに行けばいいんじゃないですか」
皆の視線が一斉に刺さる。
「モカさんって、そういうところ行く人なんですか。意外です」
「ねぇ、そんなふうに見えないー」
「行きますけど。ぜんぜん、行きますね、ラブホとか」
当たり障りのない会話には、加わらないという選択肢を選ぶよりは参加した方がいい。
25年間生きてきて、萌加はそう思っている。
だいたい、彼氏とどこでセックスするかという話題をこのメンバーですることが異様だ。
友達でもない、職場の同僚達。
「モカさんは、そんな………ラブホとか行かないと思ってましたからちょっと今、びっくりです」
返答はせずに、口角だけ上げて微笑む。
これ以上はだめ、言わない方がいいと萌加は踏みとどまる。
世の中には言わなくていいことと、言ったほうがいいことがあり、前者のほうが圧倒的に多い。
ラブホテルと呼ばれるあの場所が、萌加は好きだ。
セックスするための空間。
隣りの部屋でも上でも下でも、皆がそれぞれに思うままに行為をしていると思うと、萌加は不思議な気持ちになる。
初めて出来た恋人に連れて行かれた時も、今の彼氏と行く時も、そう思った。
ツルツルしたカバーのかかった布団だとか、どんなふうに動いてもはみ出たりしないベッドだとか、掃除したばかりを主張する消毒臭がするトイレだとか、萌加にはそれらがどれも好ましく感じらた。
ここでしていいですよ、と言われているかのように思えた。
部屋を出る前に、乱れた布団や枕の位置をなおす萌加に男達は、
「えらいね、ちゃんとしてるね」
と声をかけるが、萌加は答えずに手を動かす。
ひょっとして、きちんとしている女に見えるのだろうか。
私が本当は何を考えているのかなんて、きっと誰にも分からないんだわと思いながら、よれたシーツを引っ張る。
薄明かりの中で身体を動かしている最中にだって、いろいろなことを考えているのにと思いながら。
私の吐く息や声や、勝手に動く指や脚が、「どうぶつみたい」になることや、「違うのにな」と思ったり、急に愉快になったり、哀しくなったりすること。
「だいじょうぶだよ」という言葉では、埋められない不安があること。
抱かれているのは、目の前にいる男になのか、このホテルになのか、分からない。
ただこの密室は、萌加の気持ちを妙に落ち着かせる。
「行こうか」
男の声に黙ったままうなずき、部屋をあとにする。
またね、と心のなかで思いながら。