【創作】雨上がり
桜色の服を着たくなったのだ。
「春だからではなくて、気の持ちよう」
誰に言い訳する必要もないくせに、香子はそう思っている。
紺、ブラウン、グレーが中心なワードローブに、見慣れない色が加わる。
そう思うだけで、なんだか愉快な気持ちになるのだった。
10年付き合った航との別れは、関係してないとも言えない。
でも、それだけじゃない。
新しい自分になりたい?
冗談じゃない、今の私が大好きだもの。
「香子は変わったよね」
あなたこそ変わったとは言い返せなかった。
溜め込んでしまった洗濯物を、洗濯機に放り込む。
あの日、雨に濡れた桜を見たからかもしれない。
昼休みに行ったランチの帰り道、桜並木を通った。
花見をしたかったわけでなく、偶然。
水溜まりに浮かぶ無数の花びら。
枝先に見える花や蕾は、儚げでありながらも瑞々しい生命のかたまり。
打ちつける雨すらも楽しんでいるかのように見えた。
晴天の満開よりも、風に舞う桜吹雪よりも、水滴を滴らせ小さな花びらを震わせる姿に、香子は胸がいっぱいになったのだ。
降り続いた雨は夜のうちに止んで、二日ぶりの太陽がのぞいている。
この洗濯が終わったら、出かけよう。
桜色の服を探しに。
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シロクマ文芸部の企画に参加させていただきました。
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