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【創作大賞感想文】モモタマナと泣き男

今月で noteの5年目に入ったと知らせが届いた。
長いのか短いのか皆目見当がつかないが、 noteは楽しい。
楽しいことは、出来たら続けていきたい。

みなみつきひさんは、note初期の頃に出会った方だ。

私は「つきひさん」と呼んでいる。

大好きないちご牛乳さんがそう呼んでいるから、真似をした。

いちご牛乳さんとつきひさんは仲良しで、おふたりがコメント欄でお話しているのを見るのが好きなのだ。

つきひさんの創作は、以前から拝読していた。
noteの中でも外でも、つきひさんは書いている。

最近だと、伊豆文学賞の掌編部門優秀賞を受賞した『闇を照らすのは』だった。

『第二十七回「伊豆文学賞」優秀作品集』伊豆文学フェスティバル実行委員会編 / 有限会社 長倉書店

味わい深い物語を描く方である。

食べものの描き方が抜群に私好みであるのと、穏やかな文章でありながらも、的確にじわり、じわりと急所を突いてくる。

『闇を照らすのは』の主人公は、両親を交通事故でなくした由羅。
ひとりになってしまった由羅は、祖母の家で過ごす。
食欲のない由羅になんとか食べさせようとする祖母が、料理を作っている場面。

数分後、台所の奥から小気味よい音とともに特有の匂いが漂ってくる。なんだっけ、これ。よく知っている匂い。懐かしい。目を閉じて記憶をたどる。母だ。台所に立つ母の姿が目の裏に映った。母も私も笑っている。きっと私の好物に違いない。違いないのに、それが何なのか思い出せない。仰向けになって両手を伸ばす。つかめるものは何もなかった。限りなく遠い。母まで遠くに行ってしまった。すべてが心許なくなっていく。私はほんとうにそれを食べたことがあるのか。母はほんとうにそれを作ってくれていたのか。確かだったはずの記憶が薄れて、何もかもがあやふやになっていく。

『闇を照らすのは』より引用

かすみのように静かに漂う翳りが、辺りの陰翳を濃くし、気がつけば薄闇の中にどっぷりと身を置きながら読んでいる。

ああ、そうか。そうだったのか。

読了後に本から顔を上げれば、辺りの闇は晴れて、私はまた現実に戻っているのだった。


創作大賞に応募された作品は、タイトルから期待が高まった。

モモタマナ。
泣き男。
「泣き女」は聞いたことがあるなぁ……とぼんやりな記憶を手繰る。

【あらすじ】
 描いたとおりの道を歩んできたはずなのに、仕事も結婚も何もかも思いどおりにいかない真那。夫の連れ子であるまことと、海沿いの町で民宿をする実家に帰ることになる。
「おせえよ、あんた!」
 そこで待っていたのはナゾの男、サワオだった。
「泣き女」ならぬ「泣き男」のサワオは、身寄りのない故人のために「弔いの式」を行い、そこで泣くのが仕事だという。普段はぶっきらぼうなのに、泣く姿はこの世のものと思えないほど美しい。
 サワオとはいったい何者なのか――。
 人とのつながり、泣くことの意味。
 サワオとの出会いを通して、感情や言葉を抑えこみがちだった真那が、心を解放していく日常×民俗学×ファンタジーミステリー。

『モモタマナと泣き男』第1話 あらすじより引用

物語は、主人公の真那が、まことを連れて実家に帰る道中から始まる。

船酔いしているまことを介抱する真那。
彼女の心の内側、外からとりまくもの。

ああ、これは………つらいよね……。

第1話で既に、真那の味方をしたくなってくる。

この先に起こるハプニングの予感に緊張しつつ、まことの愛らしさに安堵する。

まことが可愛い。
物語の最初から最後まで、ずっと可愛い。

夫の連れ子である、まこと。
真那の実家がある島に連れてこられ、ここでの暮らしに慣れていけるのだろうかと、読みながら心配に思う。私のなかにも、不安を思う"もや"が漂い始める。

真那も同じだったであろう。
申し込んでいた車種と異なるたばこ臭のあるレンタカーのハンドルを握りながら、かつては住んでいた場所の、真新しい景色と対面する。
ここは海に囲まれたところだ。

そこに突然現れたサワオ。

ぶっきらぼうで失礼な態度。
初対面である真那のことを前々から知っていたかのような、ミステリアスな「泣き男」である。

真那とサワオの関係は、良好とは言い難い。
異世界の空気を醸し出すサワオに戸惑い、サワオのずけずけとした物言いに反発する。

サワオと同じく真那を驚かせたのは、自分の旧姓(桃田真那)でもある「モモタマナ」と称した民宿だ。

母が営む民宿「モモタマナ」を、真那は住み込みながら手伝うことになる。

庭には「モモタマナ」の木が植えられている。
冬から春にかけて紅葉する木で、「涙で育つ木」とも作品の中で語られる。
モモタマナは物語にたびたび登場し、つよい生命力とも、ややミステリアスな異質なものとも感じられる。サワオのような。

タイトルにある「モモタマナ」の意味を知ることができ、私は嬉しくなった。
泣き男のサワオとモモタマナが結びついた。きっと、大丈夫だ。
真那の薄闇が、いつか晴れていくと期待を抱く。

真那とまことをやさしく迎え入れる母。
関係を築くことが難しい父。
距離をとりたいと思っていた同級生との思わぬ再会。
サワオに会いにくる民俗学の研究者から聞く話。

真那が、島に来る前に悩みを抱えていた夫のこと、まことのこと。
父とのこと。
心のなかに抱えるさまざまな思いや人との関わり。
「弔いの式」や、島の人々との暮らしを通して、少しずつ変化していく。

ここにはサワオの涙があり、モモタマナの木があるからだろうか。

それだけではないと確信する。
特別なことだけではないと思う。

自分の心を開くこと。

死を迎えた人を皆で見送ったり、「泣く」ということについて考えたり、かつて苦手であった人との新たな時間が流れ始め、真那の気持ちがゆるやかに変わっていく。

かたちも大きさも違う波のように、ひいては寄せてを繰り返しながら。



物語のエンディングは海。
真那とまことが波打ち際を歩く。

海に向かってモモタマナの実を投げる場面の真那が、頼もしい。

まこともまた、この場所に来て変わったと思う。

水平線を見つめた後、ふたりは確かな足どりで歩き始めるのだろう。

いつか誰かが、どこかの地に流れ着いたモモタマナの実を拾うかもしれない。

読了後に物語から顔を上げれば、私を囲っていた闇は晴れ、真珠色のやさしい光に包まれていた。






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