【創作】歩道橋
子どもの日だからというのが飲み会の理由だなんて、おかしい。
リビングで陽気にはしゃぐ夫の同僚達を見て、弥生は心底そう思った。
「ごめん、湊人にどうしても会いたいって言うからさ。本当にごめん、弥生、せっかくの休みの日なのに、申し訳ない………」
会いたいものか。
そんなわけないだろと思ったが、口には出さずにいた。
夫には夫の事情、こうなってしまった流れがあるのだろう。
人見知りが落ち着いてきた湊人は、見知らぬ大人達にも臆せず、客人の手土産である音の出る絵本で遊んでいた。
保育園にも慣れてきて、泣かずに登園出来るようになってきた。
「ビールもうないね。買ってくるから、湊人お願い」
夫の耳元でささやくと、ごめん、ありがとうと小さく言われた。
全くもって五月晴れと言ってもいいのだろう。
眩し過ぎる日差しに、サングラスを持って出なかったことを後悔した。
家族連れやウォーキングスタイルの男女とすれ違う。
いつものスーパーで、ビールと、明日の朝と昼の夜の食材を買う。
明日は仕事だ。
弥生はアパレル店員をしている。
五月は繁忙期で、連休は特に忙しい。
子どもの日の今日も、店の人たちは忙しくしているに違いない。
はち切れんばかりに膨らんだエコバッグを肩にかけ、横断歩道の信号待ちをしながら、すぐ傍の歩道橋を眺めた。
歩道橋の階段のところに座りこんでいる人に気づき、ギョッとした。
気分がわるいのだろうか?
目を凝らしてよく見ると、大きなペットボトルを傾け、水を飲んでいる。
もっとよく見ると、その人は三角巾を被り、エプロンをしていた。
ああ、焼き鳥屋の方と思った。
歩道橋の近くには焼き鳥屋がある。
従業員が休憩をしていたのだった。
歩道橋の階段途中に座って。
「横断歩道を使ってはいけません」
ほぼ、近隣の小学生達だけが使う歩道橋。
横断歩道は、後から出来た。
先にあったのは歩道橋だった。
小学生がなぜ登下校に横断歩道を禁じられているのか、その理由を弥生は知らない。
湊人が入学する時に、知ることになるのだろう。
女性は、連休で誰も通らない歩道橋の階段に腰掛け、水を飲み、ときおり遠くを見ていた。
ずしりと重いエコバッグを肩にかけ直す。
今日と明日とその先に向けて。
信号が青に変わった。
焼き鳥屋の前を通ると、煙とタレの香りが鼻をくすぐる。
「お疲れさま」
弥生は心の中でつぶやく。
歩道橋の彼女に、自分に、そして夫にも。
……………………
シロクマ文芸部の企画に参加させていただきました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?