水曜日はボール拾い
水曜の放課後は、次男の通う小学校校庭で、ソフトボール練習に参加している。
ソフトボール、やるの?
やりませんがな。
ボール拾いでおます。
お手伝いでござんす。
来月、区内の小学校対抗で行われるソフトボール大会。
参加希望者を募って、週一で練習している。
全7回の練習は、残すところあと一回。
小学4年から6年生までが試合には出場でき(それ以外の学年は練習には参加OK)、メンバーの中には2名以上の女の子がいることが求められる。
もし女の子がいなかったら、試合は出来るけれど、トーナメントで勝ち進むことは出来ない。
チーム内に、大人は2名まで参加することが可。でも守備は外野が条件。
………なんて、書いておきながら、私はどこが内野だか外野だかわからない。ひどいでしょ。
ベースの置き場所もわかっていない。
バッターの足元には変わったのを置いて、他は四角のを置くのだよね。
で、ピッチャーの足元には人工的草がついてる四角いのを置く。
一塁には二つ必要だと、一緒に手伝いで参加している保護者さんに教えてもらった。
練習開始前に学校に着くようにして、守衛室に行って声かけて、倉庫を開け、用具を準備する。
ベース、球、グローブ、バット。
「3時から」と校庭使用届を出してあると聞いた。
なので、校庭にある倉庫に直行して用具を出していたら、ある時、守衛さん(じいさん)にいきなり怒鳴られた。
「スポーツマンシップに則り、正々堂々としろ!
俺に声かけろよっっ!!!!!」
私と一緒に道具を出していたパパさん(手伝いの保護者)が静かに伝える。
「使用届が受理されているから、時間になったら、勝手に開けていいと思い込んでいました。すみません。声をかければいいのですね。次週からそうします」
「まったく!!!何考えてんだ!あんたら、スポーツマンだろ!ぶつぶつぶつぶつ………」
どうやら彼は、届けに書いてある〝3時”に警備システム(学校内に不審な侵入がないかをチェックする)のスイッチを解除するのを忘れていたらしい。
スイッチ解除をしないまま、私達が倉庫を開けてしまったものだから、警備会社から電話がきて怒り狂っていたのだとわかった。
うん、えーとそれね、あなたのミスでは?
その場に居た全員がそう思ったけれど、「すみませんでした、次週から気をつけます」で終わらせた。
クセありの守衛さんなの、みんな知っているから。
頭から湯気が出そうなほど怒っている後ろ姿を見送り、この話の流れでスポーツマンシップって何じゃい!オモシロ!と震えながら笑ってしまう。
「来週も黙って開けてみましょうか?」
と私がぼそっと言ったら、皆が吹いた。
練習に参加する児童達は、地元の少年野球チームに属している子が大半だ。
今回初めての初心者も数名いる。
チームの子達は自分のグローブを持って来ているし、どんな高い球も低い球もキャッチする。
初めて組の子達は、コーチ役のパパさんから丁寧な指導を受ける。
グローブから球がポロリ落ちても、空振りしても、一生懸命。
お手伝いに来てるパパさん、ママさん達は、元野球部や元ソフトボール部だったりするようだ。
そしてお子さんが練習に参加している。
私のように、野球もソフトも何も知らない、自分の子どもも参加してない人はあまり見かけない。
私はバッティング指導も投球法を教えることもノックも出来ないけれど、球を拾うことなら出来る。
それしか出来ない。
転がっていく球を拾い、投げて渡したり、ビオトープに落ちた球を箒の先ですくい上げたり、最後に球数を数え元の場所にしまう役目。
草むらに入ってしまうと、他の手伝いの方々と大捜索。
今現在、2個、行方不明だ。
ルールすら知らない自分がここに居ていいのかと思ったりもする。
が、回を重ねるごとに、あの子はキャッチが上手い、あの子はどんな球も臆さず打つなどが分かってきて、すごく面白い。
全員が経験者ではないので、チームの子と初心者の子達との差はある。
でも深く追及せず、みんな楽しそうにプレーしている。
パシッ、パシッと球がグローブに収まる音がいい。
カキーンと打ったときの音がいい。
大きな弧を描いた球が、見事にキャッチされた時の爽快感。
水曜日のこの球拾いタイムを、私はとても楽しんでいる。
「何で球拾いやってるの?」
こう問う人は多く、おそらくそれは、私とソフトボールがあまりにも似合わないからだと思う。
自分でもそう思う。
ボールを持ったり投げたり、校庭にいること自体が、ものすごく似合わない。
でも、今まで一度も縁が無かったことを突然やってみたくなったのだ。
気ぜわしいから?くたびれているから?
そういう時だからこそ、全く別の、新しいことをしてみたくなる衝動に駆られる。
試験前に勉強しなくちゃと思いながらも、突如、部屋掃除を始めてしまう心境に似ている。
小学校の校庭にいる間、この一時間半は、何も気にしないで身体を動かす。
ボールを追いかけ、バットを片し、ベースを運ぶ。
「ナイスピッチーーー」
「ナイスキャッチーーー」
声をあげる。私には似合わないかけ声。
誰に構う?構うものか。
だんだんと薄暗くなっていく秋の空に、いらいらやもやもやが溶けていく。
打って、捕る音が心地よく耳に残る。
グローブは、まだ一度もはめていない。
はめないで練習は終わるだろう。
使い込まれてくたっとなったグローブは、人生の先輩のようにも見えて近寄り難い。
でも私を歓迎してくれているようにも見える。
グローブが入っているバッグは、倉庫にしまってある。
以来、守衛室に声はかけているので、もう誰も怒られていない。