【創作】不条理
「始まり、はじまりー」
突然の声に、オレと朋也は驚いた。
振り返ると、野球帽を被った爺さんが立っていた。
朋也はランドセルについた防犯ブザーを握りしめ、オレに身体を寄せてきた。
「おふたりさん。学校のおつとめ、ご苦労さんでございました。わたしの戯言に、少しばかり耳を貸してはくれないか」
下校途中の小学生に声をかけるなんて、不審者オブ不審者じゃないか。
家に帰ってお母さんに伝えれば、はい、警察案件、一発オーケー。爺さん、ジ・エンド乙。
朋也と逃げようと身構えたオレは、爺さんを凝視した。
お母さんに不審者の特徴を伝えなきゃいけない。
服装はボロい。
茶色のジャンパーに、元は白かったであろうズボン。ところどころが汚れてて、破れてる。
靴は黒のスニーカー。
何よりも目をひいたのが、前歯。
金色の歯が何本も見え、それはかなり異様な感じだった。
「この世は不条理だ。
不条理のかたまりだ。
始まりから終わりまで、わたしたちは不条理の中で生き続けるのだ。
足掻け!もがけ!命尽きる日まで!」
爺さんは笑みを浮かべながら言い放った。
金歯がちらちらとのぞく口で。
「純、行こう!」
朋也が強引にオレの手を掴み、走り出した。
つられてオレもダッシュした。
爺さんは追っては来なかった。
「マジでやべえよ、じじい!怖っ」
ハアハア息を切らせて朋也が言った。
フジョーリってなんだよ。
聞いたことねぇし、知らねぇし。
そんなことよりも塾の宿題やってなくて、それがお母さんにバレたらゲーム時間を減らされる。
宿題サボりの罰がなんでゲーム禁止なのか、よく分からない。
勉強して、いい成績とって、いい中学へ行くのよと言われてるけど、オレにはさっぱり分からない。
金歯とフジョーリが、頭ん中から消えなくて超ウザい。
朋也と別れて、家までの坂道を一気に駆けあがった。
心臓が音を立てる。
誰も追っては来ないと分かっているのに。
…………………
シロクマ文芸部の企画に参加させていただきました。
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