サカナクションにわかだった私に深夜対談で山口一郎が灯した明かり
サカナクションを初めて知ったのは、「アルクアラウンド」のPVだった。
https://www.youtube.com/watch?v=vS6wzjpCvec
気難しそうな暗いお兄さんが通り過ぎるにつれ、くるくると表示される歌詞は、それこそ音楽から言葉が飛び出てきたようで度肝を抜かれたことを覚えている。5枚目のアルバムとしてリリースされた「DocumentaLy」は飽きることこそなかったけれど、飽きるまで聴き続けていた。"RL"から"アイデンティティ"の流れ、"エンドレス"の深海を感じさせる奥行きのある歌詞。全てが斬新で、虜になっていた。元々私は、「日本のバンドサウンドは全てサザンオールスターズを発端として生まれたものである」という偏りのひどすぎる論者で、サザンオールスターズのすぐ下にMr.Childrenが鎮座し、そこからゆずやコブクロなどアコースティックに枝分かれした音楽があり、一方でアイドルソングに枝分かれした音楽がありという、ミーとハーも目を丸くするような考えの元生きてきた。そんな偏りのひどい論者に言わせてみれば、Mr.Childrenのすぐ下に点く者はなかったのだが、サカナクションの音楽を耳にしてからというものの、これからはこういった"テクノサウンド"が時代を牽引するのだと。(なんの根拠もない出まかせではあったが、今考えてみればそれほどズレた推測ではなかったようにも思える)ただ、それからおよそ1年半が過ぎセルフタイトルとしてリリースされた「sakanaction」、これがどうにもハマりきれず、アルバムがリリースされれば一通り耳は通してみるものの、「DocumentaLy」の頃ほどどっぷりと聴き込むことはなかった。
やがて、ベストアルバムとなる「魚図鑑」がリリースされたことも忘れ始め、そういえばサカナクションって最近アルバムをリリースしただろうかと、想いを馳せた頃に届いたのが、「834.194」だった。これがまたあの頃のサカナクションに抱いていた想いを数千倍にも膨れさせた名盤で、個人的には2019年にリリースされた音楽作品の中でダントツの素晴らしさとなり、年末のCDJ19/20で初めてその姿を体感し、熱狂の渦に飲み込まれた。またその後リリースされたライブDVD「SAKANAQUARIUM 2019 "834.194"
6.1ch Sound Around Arena Session -LIVE at PORTMESSENAGOYA 2019.06.14-」を観賞してみれば、もはやこれぞサカナクションの"ベスト"だと言い切れるほどの仕上がりで、またこうしてサカナクションの元へと戻ってきた。5月には「SAKANAQUARIUM2020 "834.194 光" SPEAKER +」に参戦することも決まっていた最中、新型コロナウイルス感染拡大の影響で開催が中止となり、明け暮れた。
そんな中、山口一郎氏がチームサカナクション一丸となり、私達の今が充実したStayHomeとなるよう始めたのが、毎週に渡って配信されるDJ・ライブ映像配信、そして「深夜対談」だった。インスタグラムライブの画面の中で、チームサカナクションのスタッフ陣、はたまたチームの垣根を超え、音楽業界の PAや別業界の人がどのようなお仕事をしていて、現在コロナ禍でどのように過ごしているのか、インタビューし発信を続けてもう2ヶ月近くになる。その相手はそういった"業界の人"だけに留まらず、一般の人までもインタビューの対象となった。コロナウイルスの影響で卒業式が中止になってしまった小学6年生へ卒業プレゼントとして贈られた"新宝島"、最愛の配偶者と別居することとなった女性との乾杯、そして贈られたグッドバイ、兄弟が飼うフクロウに語りかけるように歌う"フクロウ"。小さな七福神を見たという人との対話や、たかし・たけし・たかしという同じような名前が3連続で続いた奇跡の夜。父たもつのヨーロッパ旅行記。それらのほとんどが私にとっては、映像を見たままでなく部屋で流しておけばいいラジオ代わりになるような存在にこそなっていたが、この閉塞した毎日に明かりを灯し続けてくれた。ただでさえ自粛のオンパレードで人と会うことそれすらも厳しく制限される中で、会ったこともない知らない人といえど、色々な生き方、様々な「夜の乗りこなし方」と出会えるのがよかった。また、対談の中で「ちなみにサカナクションを知ったきっかけは?」と山口氏が聞くと、「アルクアラウンド」だと答える人も多く、同じ音楽を通じて、今だけでなくこれまでも違う場所で同じ時間を過ごしてきた人が大勢いたのだと感じることができたのもまた、心強く感じられてよかった。何事においてもきっかけや、仕組みを生み出すことは困難で先の見えないものだが、山口一郎が生み出したものは間違いなく私と私の周りの人を救ってくれた。
最近ではライブ映像配信後、「なんちゃってラジオ」と題して、楽曲の解説や当時のエピソード、リスナーからのインタビューを受けるなど、とにかく孤独を感じやすいこの生活の中に、あらゆるきっかけと繋がりを生み続けてくれた彼が、先ほどのインスタライブで緊急事態宣言が解除されたから、久々にスーパーへ買い物に行くと嬉しそうに話すのを見たら、きちんと夜を乗りこなしながら前に進んできたのだということを実感できてよかった。当然、まだ全てが終わったわけではなく、これからも注意し続けなければならないことはあるが、彼が生み出してくれたきっかけのもと、また上手に夜を乗りこなし続けることができればそれで良いと感じた。ある深夜に、小学生の頃からの歌をいくつか歌ったのち、「普通の人のいちばんになりたい」と漏らした、"人として"の山口一郎の顔を忘れられないまま、いつの間にか心から信頼できる、頼れるアーティストになっていた。だから今はもう真っ先に、サカナクションに会いに行くと決めている。この夜を乗りこなした先で必ず。