勝手にルーンナイツストーリー 『啓蟄』
生まれる前から背負わされていた。
かくあるべしと定められていた。
この――掌中にある短剣《ダガー》と同じだ。
ある目的のために考案され、そこに向かって鍛えあげられた。
打たれ、研がれ、磨かれ続けたふたつの道具は。
異物であった魂同士は。
いつしか溶け合いひとつとなった。
己の意思と感覚が、鋭くとがった先端にまで伝わっている。
獲物の皮膚を破り、肉を裂き、骨さえも断って、ついには命へと到達する。
突き立てると命は震え、熟れた実が爆ぜるようにぷちゅんと音をたてる。
あまりにも儚く、あっけなく終わりをむかえる。
感慨など抱く暇もないほどに。
ああ、俺は――
これを繰り返し、生きていくのだ。
殺して。殺して。殺して。殺して。
殺して。殺して。殺して。殺して。
殺し続けた先に、やがて自分も終わりをむかえる。
それが、自分に許された、たったひとつの変化だ。
それでいい、と思っていた。
むしろ待ち望む気持ちさえあった。
これまでは――
ガウェリンの城が燃えていた。
グスタファ神聖帝国が、宿敵であるノーザリオ王国との決戦に備え、北へ兵力を集中させたその隙を、マナ・サリージア法王国が衝いたのだ。
城の築かれた島に通じる三つの橋は、すでにすべておさえられている。
ゴーレムの投射する大岩によって破壊された壁の隙間から、モンスターたちが雪崩れ込んでくるのが見えた。
「……もたないな」
ノルはひとりごちた。
背後では、魔法を撃ち尽くしたイオアナが肩で息をしている。
撤退――この上は、他に選択肢はない。
「生き残っているモンスターを……退路の確保に向かわせたわ」
ノルの思考を読んだようにイオアナが言った。
「……そうか。なら、先に行け。俺は時間を稼ぐ」
「いいえ。あなたも一緒よ」
ノルは眉をひそめた。
イオアナの言葉が不可解だったのだ。
ふたり諸共に討たれる危険を冒すより、ひとりを確実に逃がしたほうがいい。
その場合、まだ戦う力の残っている方が殿を務めるべきである。
迷う必要もない、ごく簡単な理屈だ。
だが、この女は、彼とまったく違った答えを、さも当然のように口にする。
戸惑うノルを、イオアナはじっと見つめた。
瞳には、いっさいの反論を拒絶する強い意思が宿っていた。
説得は難しいと判断し、次善の策に思いを巡らせようとしたとき、頭上で空を切る音が響いた。
ケンタウロス隊の放った矢が、驟雨のように降り注ぐ。
とっさに、身体が動いていた。
イオアナを床に押し倒し、覆いかぶさる。
衝撃をいくつも背中に感じ、そこから火のような熱さが広がった。
「ノル……!」
「怪我は……ないか?」
問いを絞り出したところで、喉から血が溢れた。
泣き出しそうな顔で、イオアナが何事か叫んでいる。
(なぜだ。俺は、なぜこんな真似を?)
他人の命を顧みたことなど、これまでの人生で一度もなかった。
不可解だ。
自分で自分がわからない。
イオアナと出会って以来、似たようなことが幾度もあったような気がする。
けれど、ふしぎと不快ではなかった。
彼女の無事を確認して――彼女のかわりに傷を受けて。
そのことに安堵し、満足もしていた。
どうか。どうか無事に逃げてくれ。
キミだけでも、どうか。
俺をずっととらえ続けている、闇に呑まれてしまわぬように……
気がつくと、うつぶせでベッドの上に寝かされていた。
起きあがろうとすると全身に激痛が走り、ノルは声もなく呻いた。
「あらぁ~、気がついたのねぇ?」
鼻にかかったような、甘ったるい女の声が響いた。
「ここはベルファラムの城よ。感謝なさいな。このココ様自ら、あーたの傷を癒してあげたんだから」
ココ・グスタフ。
皇帝ティム・グスタフの叔母で、グスタファ軍の南方司令でもある。
「……彼女は……イオアナ……は……?」
「ああ、そのイオアナがああたをここまで運んできたのよ。なんでも、配下のジャイアントスネークの背中にあーたを乗せて湖を渡ったとか。大人しそうな顔して、なかなか豪胆な真似をするものだわね」
傷のようすを診るていで、ココはノルの身体を撫でまわした。
視線といい、指の動きといい、妙にねちっこいのは気のせいだろうか。
「さすが、若い男は傷の治りも早いわねえ。とっとと戦線復帰して、また我がグスタフ一族のために働いてちょうだい」
一方的にしゃべり倒してココが病室から出ていくと、入れ替わるようにイオアナがやってきた。
彼女は手に、粥の入った椀をひとつ持っていた。
「ごめんなさい。いま用意できるのはこれくらいなの」
「……城全体が緊張に包まれているのがわかる。厳戒態勢なのか」
「ええ」
イオアナはうなずいた。
ガウェリンを陥としたマナ・サリージア軍が、ここベルファラムにまで押しよせたのだと彼女は告げた。
「ココ様や麾下の騎士たちが、いままさに防衛戦を繰り広げている最中よ」
「なら、俺も……」
「ダメよ! まだ寝ていなくちゃ」
「どいてくれ」
なおも制止するイオアナを、ノルは振り払おうとする。
「ダメよ、そんな身体で」
「戦場に身を置けば痛みは紛れる。動けるならば、俺は戦う」
「どうして、そこまでするの?」
「役目だからだ。俺は、戦い……殺すための道具。役目を果たせぬ道具に価値はない」
自分は暗殺の技を受け継ぐ一族に生まれ、長となる際に親兄弟を手にかけた。
(あまりにも住む世界が違う。キミのような人が、関わるべきじゃないんだ)
だが、イオアナは退かなかった。
乗せた手に力を込め、まっすぐにノルを見据える。
引き結んだくちびる、蒼ざめた顔色。
見覚えがある。
ガウェリンで意識を失う直前、目に映ったものと同じだ。
潤んだ瞳はいまにも涙をあふれさせそうなのに、彼女はそれを隠そうとはしない。
「哀しいことを言わないで」
なにを――と問いかけて、ノルは口をつぐんだ。
イオアナの言っていることがわからない。
否、頭の中でなにかがひっかかって、理解するのを拒んでいる。
たしかなのは、彼女を哀しませている原因が、自分にあるということだけだった。
数日後。ベルファラムは静穏を取り戻していた。
戦いの残滓はそこここに残ってはいたが、人々の顔には、城を守り通した誇らしさと安堵の色が見えていた。
ココの指揮の下、城壁や建物の補修、怪我人の手当てに人員が駆り出され、忙しく動き回っている。
いくさにおいて、戦っているのは騎士だけではない。
ゾア・ルーンの力を持たぬ人々もまた、それぞれのやり方で戦っているのだ。
一方で戦いを終えた騎士たちにとっては、いまはささやかな休息の時だ。
ベルファラムの民の厚意で酒と料理が提供され、街の広場で宴がひらかれていた。
といっても、守備隊の騎士たちのうち、フィンラルは早々に酔っぱらって寝てしまい、サイメリスはいつの間にか姿を消してしまっていた。
ノルは、宴のようすを路地の奥から眺めていた。
なまった身体を動かそうと街を散策していたら、偶然通りかかったのである。
ここに来る途中に買ったリンゴをかじっていると、いちばん人の集まっている一画で歓声があがった。
木箱を並べただけの即席の舞台――その上で、長い銀色の髪が翻る。
リュートを軽く爪弾く音が響くと、再度の歓声がそれに応じた。
イオアナだ。
彼女の本職は吟遊詩人で、グスタファ国内でその名は広く知られている。
聴衆に求められるまま、イオアナは幾つも曲を披露した。
陽気な恋の歌。
痛快な英雄の武勇伝。
神秘的な冬の巨人。
遥かな海を征く冒険譚――
人々は手を手を叩いて唱和していたかと思えば、じっと澄んだ歌声に耳を傾け、はらはらと涙を流した。
それを見て、ノルは困惑した。
いったい彼らになにが起きているのか。
なぜ、彼らはあんなにも愉しそうに、泣いたり笑ったりしているのか。
だが、妙に目を離しがたく感じ、眺めているうちに、胸の奥でなにかが疼いた。
イオアナの紡ぐ言葉。語られる勲《いさおし》。まだ見ぬ風景。焦がれんばかりの激情。
そうしたものたちが、すこしずつ浸み込んでくる。
じわじわと。じわじわと。
どれもこれもが、ノルの知らないものだった。
初めて知る、外の世界の欠片たちだった。
胸の疼きを抑え込もうとすると、今度は身体が震えた。
すぐにでも駆けよっていきたい――けれども、ぐっとこらえる。
イオアナが歌い終え、人の輪から離れるのを待ってから、声をかけた。
「あら、ノル。こんなところに来るなんて珍しいわね。どうしたの?」
「キミに……訊きたいことがある」
普段通りの不愛想な態度とは裏腹に、ノルの心ははやっていた。
ああ、いったい、なにから訊ねよう。
あの歌に出てきたアシドという人は、どんな人だったのか?
どうして彼は、いまもこんなに慕われているのか?
砂漠の国に、黄金の島。
海の向こうには、本当にそんなものがあるのか?
あれも、これも。
訊いてみたいこと、知りたいことは山ほどある。
だが、焦る必要はないのかもしれない。
これからひとつずつ、訊ねていけばいい。
彼女といっしょに歩んでいけさえするならば。
それはきっと、かなうのだから。
※人物解説
今回の主人公はノルとイオアナ。
共にグスタファ神聖帝国に所属するゾア・ルーンの騎士にして、明言はされていないものの、意外と少ない公認カップルの一組です。
ノルは初期レベル12のレンジャー。STRの値が高く、非常に頼りになります。
イオアナは初期レベル12のミンストレル。統魔力周りに大きな弱点を抱えるものの当人の能力は優秀で、その美麗な姿も相まって重用しているプレイヤーは多そうです。
二人揃って戦場に出すと発生する会話イベントが2種類あり、脇役キャラとしては優遇されている模様。