勝手にルーンナイツストーリー 『ザイに吹く風』

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 黒い点――列を成し、地面を這いまわっている。
 広場の石畳が尽きる土の上を。
 陽に灼かれても。風に吹かれても。
 飽くことなく。倦むことなく。
 なにかに突き動かされるように、この生き物――アリたちは、ただひたすらに進み続ける。
 屈んで眺めていたルドは、なんとはなしに、石を手に取った。
 子供の手のひらには収まりきらないほどの大きな石だ。
 それを、アリの列の上に持っていく。

「こーら。そんなことしちゃあダメだぞ」

 背後で咎める声が響いた。
 振り向くと、黒髪の女が腰に手をあてた姿勢で立っていた。
 女はしかめっ面をして、じっとルドを睨んだ。
 ルドは声を発しかけてやめ、石を脇に置いた。

「いい子だ、少年」

 女は表情をゆるめ、微笑んだ。


 女は行商人で、隊商《キャラバン》の一員としてザイにやってきたのだという。
 ミレルバの出身で、歳は二十歳をすぎたあたり。
 袖のない涼しげな服を着ており、むきだしの腕は小麦色に焼けていた。
 艶めく長い髪は、かすかに塩辛いような、独特の香りがした。

「少年は海って知ってる?」
「あたりまえだ。馬鹿にしてるのか?」
「でも、見たことはないよね」
「………」

 いい返せず、ルドは黙り込んだ。
 海どころか、生まれてこのかたザイを出たことすらない。
 法王の息子ともなれば、軽々しく出歩くことすら難しいのだ。
 十歳の誕生日を迎えてようやく、昼間、人通りの多い場所であれば出かけてもよいとの許可が下りたが、いまもどこかで警護役の騎士が見張っているのを、ルドは知っていた。

「ねえ。アリさんを見て、なにを考えてたの?」
「べつに」
「なんか、ヤなこととか」
「そうじゃない。ただ……」
「ただ?」

 女は首を傾げた。

「こいつら、なんのために生きてるんだろう」
「なんのためって……そいつは難題だねえ。うーん……なんのために、か」

 驚いた顔をしたかと思うと、今度は腕組みして真剣に考え始める。
 落ち着きのない女だ、とルドはすこし呆れた。
 だが、変わり映えのしないアリの行列を眺めているよりは、よほど退屈が紛れる。

「私は人間だからアリの気持ちはわからないけど、アリはアリなりに一生懸命生きてると思うよ。それなのに、いきなり石で潰されたらかわいそうだし、アリだって嫌なんじゃないかな?」
「気持ちがわからないのに、どうしてそんなことがいえるのか」
「たとえわからないことがわかっていても、相手の立場になって考えるのは大事なんだよ」

 諭すような言葉だったが、口調はおどけているようだった。
 子供である自分に気を遣っているのであろうことは、なんとなくわかった。


 大陸中を巡っているだけあって、女はルドが見たことも聞いたこともない、さまざまな物事を知っていた。
 時には行く先々で起こった事件を面白おかしく語って小銭を稼ぐこともあるとかで、話術のほうもなかなかだった。
 ただ、ルドは真剣に話を聞いていると、仏頂面のままじっと固まっているらしく、何度か「つまらない?」と確認され、そのたびに首を振って否定するというやり取りが繰り返された。
 ルドに母の記憶はないが、もしいたとしたらこんな感じなのだろうか――などとは思わない。
 父であるロマヌフ法王からは、母は物静かで、貞淑を絵に描いたような女性だったと聞かされていた。
 近いとすれば、歳の離れた姉だろうか。
 学問も、武芸の稽古も嫌いではないが、同年代の子らと遊んだ経験もないルドにとって、ザイの泉の前で彼女の話を聞くのは、ほとんど唯一の娯楽になりつつあった。

 あるとき、話はガイ・ムール共和国に及んだ。
 同じルーン神教を国教としながらも、モハナ派を信奉する彼の国は、ザイ派のマナ・サリージア法王国と対立してきた歴史がある。

「ガイ・ムールの人間は、デーモンのように恐ろしいと聞いた」
「そんなことない。みんな、普通の人たちだよ」

 最初に咎められたときよりも、何倍も強い口調だった。
 ルドとしては、そんな国にいってよく無事だったな、という賞賛と労いのつもりだったのだが、まさかこんな反応が返ってくるとは思わなかった。

「普通だって? 奴らは、罪人の子孫だろう」
「ねえ、少年。親や先祖の犯した罪を、子孫が背負わなくちゃならないなんておかしなことよ。それに、ガイ・ムールを興した人たちは、本当に罪人だったのかな?」
「なにをいうんだ。あたりまえだろう!」
「あたしはね……あのザイ将軍だって、その人たちのことを――自分を裏切ったモハナ・キャラダインのことも、本当は許していたんじゃないかって思うんだ」

 女の目はどこか悲しげで、それはどこか、父ロマヌフを想い起こさせた。
 母を守れなかった、あの男を。

「だからザイ将軍は、あの三十年戦争のさなかも、終わったあとも、沈黙を守り続けたんじゃあないのかな」
「黙れ! ザイ将軍は偉大な方だ! そのような、凡夫じみた弱さなど、持ち合わせていたはずがない!」

 ついぞ記憶にない、激しい言葉がルドの喉の奥から発せられた。
 それを聞いた女がどんな顔をしたかはわからない。
 確認する前に、ルドが走ってその場を立ち去ってしまったからだ。


 自分は正しい。
 なにひとつ、間違ったことはいわなかった。

 それなのに――

 ルドの心は晴れぬまま、幾日かが過ぎた。
 昨夜から降り続いていた雨がやみ、部屋の窓からは光が差し込んでいた。
 彼女は、来ているだろうか。
 ザイの泉のある、あの広場に。
 気づいたときには部屋をでていた。
 歩調は自然と早くなる。
 まるで両脚が、小さな子供の身体では早く移動できないのをもどかしく思っているようだった。
 相変わらず、広場の周りは人が多い。
 通行人をよけ、濡れた石畳に足を滑らせそうになりながら、ルドは泉を目指した。
 もうすぐ到着というところで、ルドは周囲のようすがいつもと違うことに気づいた。
 ざわつく空気。
 怯えたような視線。
 怒り。興奮。好奇心。

「捕り物だ」

 という声が聞こえた。

「まだ若い女だ」
「悪魔め」
「おお、ルーンの神よ……」

 嫌な予感がした。
 道をふさぐ野次馬を押しのけ、前に出ると、その光景が目に飛び込んできた。
 ルーン警察。
 物々しい雰囲気で周囲を警戒し、後ろ手に縛られたひとりの人物を連行していく。
 彼女だった。
 俯いた顔は、殴られたのか、痛々しく腫れあがっていた。

「…………!」

 呼びかけようとしたが、声はのどに引っかかって出てこなかった。

「お下がりください、ルド様」

 声をかけてきたのは、先日ルーン警察師団の分隊長になったばかりの騎士だった。
 名はたしか、カイルといったか。

「あの女には、ガイ・ムールの間諜であるとの疑いがあります。恐れ多くも、御身を誘拐し奉らんとする計画に加わっていたという情報も……」

 ルドは、氷でできた手で心臓をつかまれたような感覚を味わった。
 ルドを産んですぐに世を去った母。
 母の死因には、いくつかの噂が囁かれていた。
 そのひとつが、モハナ派の間諜に毒を盛られたというものだ。
 一瞬、こちらに気づいたかのように、女が顔を上げた。
 だが、ルドの姿が見えていたのか、そもそも本当に気づいていたかすら、結局わからずじまいになった。


 黒い点――アリたちは、今日も列を成して這いまわっている。
 まるで、はなにひとつ変わったことなどないかのように。
 だが、目に映るこの世界は、大きな力によって唐突に破壊されてしまうこともある。
 ルドは、アリの行列のそばに、チョウの死骸を置いてみた。
 するとたちまち、アリは死骸に群がって、巣へと運び始める。
 アリたちは、この恵みがどうしてもたらされたか知る由もないし、チョウにしたところで、なぜ自分にこのような運命が降りかかったのか、到底理解できないだろう。
 これが、力というものだ。
 理不尽にして無慈悲。
 それを振るう者と振るわれる者とのあいだには、絶対的な隔たりがある。

 自分はどちらの側か。
 どちらの側になるべきか。

 答えは明白だった。
 ルドは口許に笑みを浮かべ、そばにあった石に手を伸ばした。


※解説
「勝手にルーンナイツストーリー」第二弾をお届けします。
 今回は、マナ・サリージア法王国の君主にして、覇道の体現者、ルド・マルコの少年時代。
 映画『シークレット・オブ・モンスター』を、ちょっぴり意識してみました。
 法王国でプレイしなくとも、最強の物理キャラとして全ルナ戦プレイヤーに強烈な印象を残したであろうルド様。
 先日行われた人気投票では君主六人中最下位という屈辱的な順位でしたが、これは単純に、法王国未プレイのプレイヤーが多かったからにすぎないと信じています。

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