勝手にルーンナイツストーリー 『黒血の拳』

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 十数年ぶりに訪れた故郷の村は、記憶にあったそれよりも、はるかに小さく、侘しく、煤けて見えた。
 帰ってみようと思ったのは、ほんの気まぐれだった。
 任務で傷を負い、静養するよう言い渡され、するべきことも特になかったせいでもある。

「おお、おお! よくぞお越しくださいました――いえ、お戻りになりましたというべきですな、ラーゴ殿」

 出迎えてくれた村長は、赤ら顔を興奮でさらに赤くし、さながらミレルバ諸島で食される蛸のようだった。
 なにしろ、ラーゴはこの村で初めてのルーンの騎士である。それも、精鋭揃いといわれるルーン警察師団に所属するほどの。
 他所に自慢できるものなどなにひとつない寒村にとっては、この上ない誉れであるにちがいない。
 歓迎は予想していたが、多少――否、正直かなり面はゆい。
 同時に、この村ですごした日々のことを思い起こせば、よけいに彼らとの距離を実感してしまう。
 それもまた、ラーゴを故郷から遠ざけていた要因のひとつだった。
 それでも帰郷の意思を固めるに至ったのは、故郷から届いた手紙の内容が、ずっと心にひっかかっていたからだ。

「……久しぶり」

 振り向くと、視線の先に、どこか憂いを帯びた女の笑顔があった。


「立派になった――は変かしら? たくましくなった、も違うわね。とにかく、あなたは変わった」
「そうだろうか」
「うん。昔の……泣き虫だった頃とは大違い」
「その話は、あまりしないでくれないか」
「いーえ。仕官してから一度も帰ってこなかった薄情者のいうことは聞きませーん」

 酒が入っているためか、彼女は饒舌だった。
 彼女はラーゴの幼馴染で、ソニアといった。
 ふたつ年下だったが、昔から気が強くしっかり者で、気弱な少年だったラーゴに対し、姉のように振舞っていた。
 村の悪童たちにいじめられていたラーゴを、棒切れを振り回して助けたことも、一度や二度ではなかった。
 ラーゴがルーンの力に目覚め、首都ザイに居を移した直後、隣村に嫁いだが、夫と死別したため、村に戻ってきたという。
 それが去年のことだと、手紙にはあった。

「今はどうしている? 生活のほうは」
「実家《うち》の手伝いをしながら、繕いものをしたり……それでなんとか」

 彼女の手はガサガサに荒れており、髪にも、目許にも、日々の暮らしによる疲れが色濃く表れていた。
 こうして酒場に繰り出せたのも、仲のよかったラーゴと久々に会えたということで、実家の家族が気を遣ってくれたかららしい。

「ここにいるあいだはどこに泊まるの?」
「神殿で部屋を貸してもらえる」
「そっか。ラーゴは修道士でもあるんだもんね」

 ラーゴの生家はすでにない。
 そういえば、両親の墓にも参らなければならないな、とラーゴは思った。
 今の今まですっかり忘れていたとは。これでは薄情者となじられてもしかたがない。

「ふふっ」

 不意に、ソニアが口許をほころばせた。

「どうかしたか?」
「見つけちゃった。昔と……おんなじとこ」

 ソニアは身を乗り出し、ラーゴの顔を覗き込んだ。

「その目。泣き虫ラーゴの優しい目。そこだけはちっとも変わってない」
「そ、そうか……?」

 同僚からはよく、目が怖いとからかわれるので、そんなことをいわれるとは思ってもみなかった。
 戸惑うあまり、その後はなにをいわれてもうまく答えることができなかった。


 真夜中をすぎても、妙に目が冴えていた。
 ベッドに身体を横たえたまま、ラーゴは自問自答を繰り返した。

 ――なぜ、帰ってきた?
 ――何かを期待してのことか?
 ――そうではない。ただ、気になっただけだ。
 ――未練などないと?
 ――そうだ。
 ――だが、変わらないといわれた。
 ――お前はそれを信じるのか?
 ――彼女の、いうことだから……

 その思考さえ、闇に溶けていこうとしたとき、ばたばたと足音が近づいてきて、勢いよく扉があいた。

「た、大変です騎士様! 村に夜盗が……ろ、狼藉を……!」

 血相を変えた司祭を見て、ラーゴは物もいわずに飛び出した。


 血のように赤く、空が燃えていた。
 悲鳴や馬のいななきが、風に乗って届いてくる。
 神殿の建っている丘を全力で駆け降りると、激しく胸の傷が痛んだ。
 しかし、足を止めるわけにはいかない。
 一秒の遅れで、村人ひとりの命が失われるかもしれないからだ。

 ――村人?

 頭の片隅で、また囁く声がする。

 ――お前が気に懸けているのは、たったひとりの命だろう?

 ちがう。
 俺は修道士にしてルーンの騎士。
 神の名のもと、すべてのザイ派の民は、我が庇護下にある。
 村に入って最初に見たのは、這いずって逃げようとする老婆を踏みつけ、剣を振りあげる男の姿だった。
 雄叫びをあげて突進。驚いてこちらを振り向いた顔に、まっすぐこぶしを叩き込む。
 鼻から下の骨が砕ける感触が伝わり、歯と血しぶきを撒き散らしながら男が後方へ飛んでいった。
 異変に気づいた男の仲間たちがなにかを叫んでいたが、ラーゴの頭には一切入ってはこなかった。
 振り下ろされた剣をかわしつつ脇腹へ一撃。
 前方のもうひとりに目つぶしを食らわせ、背後から近づいてきた男を蹴り飛ばす。
 思考は怒りに塗りつぶされていたが、敵の動きはよく見えていた。
 なんとか数人がかりで取り囲もうとするのをフットワークでいなし、一人ずつ、確実に、こぶしで急所を打ち砕いていく。

「不心得者どもが! これが神の罰と思い知れ!」

 野盗をひとり肉塊へと変えるたび、ラーゴの心は恍惚を味わっていた。
 己の肉体にルーンの神の力が宿っているという実感。
 その力を正しく振るい、神の意思を体現する喜び。
 穢れた魂さえ、己が手を下すことで天に召される。
 村を焼く炎は浄化の光となり、罪を祓い清めるのだ。

「ええい! 武器も持たぬ男ひとりに……!」

 馬に乗った頭目らしき男が、ラーゴに向かって槍を突き出した。
 槍の柄をつかみ、へし折ると、男は恐れをなして馬首を返した。
 だが、ラーゴは素早く馬の尾をとらえると、ふわりと身体を一回転させ、鞍の上に降り立った。

「な……っ!」

 絶句する男のあごと頭頂部を両手で挟み、勢いよく捻る。
 頚椎を砕かれた男は、馬の首に抱き着くようにくずおれたかと思うと、ずるずると頭から地面に落ちた。
 だが、足首が鐙にひっかかっていたため、完全に落下することができず、停止するまでのあいだ引き摺られ続けた。
 ラーゴの活躍で野盗はあらかた片付けられ、生き残った者もほうほうのていで逃げていった。

「ありがとうございます、騎士様」
「あなた様がおられたのは、まさしく神のお導き」
「おお、ルーンの神よ……」

 集まった村人たちは、口々にラーゴと神に感謝を述べた。
 息を整えながら、ラーゴは黙ってそれらの声を聞いていた。
 興奮がおさまると、再び胸の傷が疼いてきた。
 ずきずきと痛むこぶしを見ると、ぬめった血が滴り落ちた。
 ふと顔を上げると、村人の列のいちばん後ろにいるソニアと目が合った。
 無事だった、と安堵するもすぐに、彼女が表情を強張らせていることに気づく。
 ラーゴを見つめるその目は、まるで悪鬼に向けられるそれのようだった。

 ――あなたは

 むろん、声は届かなかったが、くちびるの動きだけで、ラーゴにはソニアがなんと訴えているのか、はっきりと判った。

 ――あなたは、本当にラーゴなの?


 出立の日がきた。
 いまやラーゴは、村を救った英雄である。
 怪我や病で足腰の立たぬ者をのぞき、ほとんどすべての住人が、彼を見送りに出てきていた。
 だが、その中にソニアの姿はなかった。
 最後になにか言葉を交わしたかったという心残りもあったが、それ以上に、今更なにを話せばよいのかという気持ちのほうが強かった。

「すみません。娘は朝から気分が優れぬと……」
「いえ。お身体を大事にと、お伝えください」

 申し訳なさそうにするソニアの両親にそう告げ、ラーゴは村を後にした。


 とうとう顔を合わせることができなかった。
 すべては自分が悪いのだ。
 彼がいつまでも昔のままだと、勝手に思い込んでいた。期待していた。
 それが裏切られたからと怒るのは理不尽というものだろう。
 そうとわかっていながら、謝罪しにゆくことすらできなかった。
 すべては、自分が臆病だったから。
 ならばせめて、彼のために祈ろう。
 弱き人の心の声を、神は何時でも聞いてくださる。

「ルーンの神よ、どうか……どうか彼を、お護りください……」


※解説
 ルーンナイツストーリーとは、週刊ザ・プレイステーションにて連載されていた『ブリガンダイン』の小説版です。
 個々の騎士にスポットを当てた内容で、『ブリガンダイン』の世界がより深く味わえます。
 権利関係がよくわからないのでリンクは貼りませんが、まだweb上で読むことができるので、興味のある方は探してみるといいでしょう。

 今回の主人公、ラーゴはマナ・サリージア法王国の騎士。
 年齢32歳、クラスはグラップラー、初期レベルは14。
 グラップラーというクラス自体が不遇で、能力的にもイマイチなのですが、人材に乏しい法王国では嫌でも彼のお世話になることでしょう。
 好対照となる立ち位置に、裏稼業から真人間に転じたアブリルという騎士も同僚におりまして、初期レベルまでいっしょという仲良しぶり。
 個人的にはブラックナイトが似合うと思います。


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