勝手にルーンナイツストーリー 『盤上の夢』後編
マリアンナ海域から吹く風が、大平原を撫でてゆく。
ミレルバの旧領ミルヴィン――マナ・サリージア法王国に占拠されたその街を解放するために、コンラートは軍を進めてきた。
ソニアからの便りは長らく途絶えていた。
その生死すらたしかめるすべもなく、時ばかりが過ぎてゆく。
「大丈夫ですか、コンラート様」
副将のダイアナが、気遣わしげに訊ねた。
「なんだかお疲れのごようす」
「……大事ありません」
さすがに占い師の勘は鋭い。
焦燥と無力感は胸の奥に押し込め、いつもと変わらぬ振る舞いが出来ていると思っていたのだが。
「もう少しの辛抱なのです。こんなところで立ち止まるわけにはいきません」
現在、エルザ率いるガイ・ムールの主力部隊は快進撃を続け、マナ・サリージアの首都ザイに後わずかというところまで迫っている。
最大の敵であるマナ・サリージアを下せば、大陸統一に大きく近づくことになるだろう。
コンラートは大きく息をつき、視線を前方に向けた。
ミルヴィンの守将はジェイド。マナ・サリージアでも屈指の軍略家として名高い。
そんな男であれば、街を囲む川を利用して防御を固めるだろうと、コンラートは踏んでいた。
しかし意外にも、ジェイドは軍を街の外に展開させていた。
いかにも策があると思わせ、牽制する狙いか?
いずれにせよ警戒を怠ってはならぬ。
コンラートは、前衛に配置したシーサーペントに、ゆっくりと前進するよう指示を出した。
ジェイドの指揮ぶりは、さすがといわざるを得なかった。
一見脆そうでも、押してみると簡単には崩せない。
決定打となり得る一撃をのらりくらりと避け、ちくちくと嫌がらせのような攻撃を仕掛けることも忘れない。
「ダイアナ隊は右翼から飛び道具を使って敵を追い込め! マルコシアス隊は迂回路を取り、後退する敵を討つのだ!」
マルコシアス隊のサイクロプスたちは、平地では鈍重ながら、山岳では意外なほどの機動力を見せる。
ミルヴィン北東には小さな山があり、その手前で足を止めた敵を挟撃するつもりだったが、ジェイドはいち早くこちらの意図を読み、数体のグールを犠牲にして主力を後方に逃がした。
後退した先で、再度陣形を組み直す手際も見事だった。
「やはり、実戦はチェスのようにはいきませんね」
「はい。やりにくい相手です」
ダイアナが同意する。
「被害は?」
「ほとんどありません。マルコシアス殿が前に腕に矢を受けましたが、ヒールで問題なく完治しました」
「回復魔法といえば、こちらが与えた損害もジェイド卿がまとめて治癒してしまったようですね」
やはり奇妙だ。
敵側は、積極的にこちらを討とうという意思が希薄なようだ。
援軍が来るまでの時間稼ぎなのだとしたら、野戦に打って出たこととの整合性が取れない。
その後も何度か仕掛けてみたが、印象は変わらなかった。
互いに決め手を欠いたまま、数日が過ぎた頃――
「申し上げます! 東のイルヴァニー方面より軍勢が迫っております!」
「マナ・サリージアの援軍か?」
「それが……」
伝令の兵士は口ごもった。
「折からの濃霧に紛れてしまい、旗印は確認できず」
「申し上げます! 敵部隊、前進を開始いたしました!」
謎の部隊と呼応するかのような動き。
やはりこちらも、敵の援軍が来たという前提で対応すべきだろう。
コンラートはすぐさまダイアナ、マルコシアスの二人に伝令を送り、応戦の構えを取らせた。
ところが、攻撃魔法の射程ギリギリで敵部隊は停止し、ジェイド一人が白旗を掲げて現われた。
「これは一体、どういうおつもりか?」
「もはやこれまで、ということにございます」
しゃあしゃあと述べるジェイドを前に、マルコシアスは当惑し、ダイアナはなにかを察したように目を伏せた。
「もしや、ザイが陥ちたのですか?」
「はい。昨晩報せが届きました。真っ先に言い当てるとは、さすがはコンラート卿
「では、東から現れたのは我が軍ですか」
「ですな。マナ・サリージアに援軍を出す余裕がないことは、とうにわかっておりました」
「では、籠城策を取らなかったのも?」
「どうせ敗れるのです。街へ被害を出すのは無益というものでしょう」
「さようでしたか。民を想ってのご英断、我が主にかわって感謝いたします」
ジェイドが立ち去った後、コンラートは彼を見張るよう部下に命じた。その言葉を額面通り受け取るのは危険だと思ったからだ。
あまりに聡く、合理的であるがゆえに、他人を見限るのも早い。
もし、ガイ・ムールが同じような状況に置かれれば、さっさと見捨てて敵側につくだろう。
数日後、ジェイドは行方をくらませる。
モハナ派信徒の報復を怖れたとも、エルザの潔癖さを嫌ったともいわれたが、真相は歴史の闇に消え、いまも謎のままである。
コンラートがミルヴィンに入った直後に、東から現れた部隊も到着した。
率いていたのは元ミレルバの騎士で、コンラートとは面識がなかった。
これまではエルザとともに最前線で戦っていたので、顔を合わせる機会がなかったのである。
「お初にお目にかかります。ソフィーと申します」
よほど急いで来たのか、弾んだ声で、その騎士は名乗った。
戦場には似つかわしくない質素なドレス姿は、あどけなさの残る顔だちと相まって、ごくふつうの町娘のように見える。
あごの長さで切りそろえられた髪は、角度によっては初夏の海原のように青く輝いた。
頭の上には、これまた服装と不釣り合いな三角帽子《トリコーヌ》が乗っている。サイズが少々大きめらしく、ちょっぴり斜めにズレてしまっているのが、なんともいえない愛嬌を醸し出していた。
「魔法師として稀有な才をお持ちと聞いておりましたが、まさか……」
「あまりに若くて驚かれましたか?」
「はい……失礼ながら」
ガイ・ムールにもシュガーという少女魔法師がいる。
それを思えば、意外でもなんでもなかったはずだ。
コンラートは、先入観に囚われていた自身を恥じた。
「ミレルバが滅んだときの私は、本当にただ、未熟なだけの魔法師見習いでした。運よくエルザ様に拾って頂き、そこから自分を鍛え直したんです」
ソフィーは顔を伏せ、沈んだ声でいった。
「ああ……それは、ご苦労なさったのですね」
故郷を蹂躙されるとは、いったいどれほどの苦しみか。
そこで折れず、曲がらず、前へ進むには、どれほど固い決意が必要か。
華奢な身体に秘められた強さを感じ取り、コンラートは同情よりもむしろ感嘆の念を覚えた。
重い空気が漂い、沈黙が流れる。
次の言葉を探してコンラートが視線を泳がせたとき、こらえかねたようにソフィーが噴き出した。
「ど、どうなされたのです?」
コンラートは戸惑った。
いまの話のどこに笑える要素があったのか。
「まだ、お気づきになりませんか?」
「はて。なんのことやら……」
「ジェイド卿が受け取った報せは偽物です。ザイはいまだ陥ちてはおりません。……まあ、時間の問題ですけど」
ソフィーがいたずらっぽく微笑む。
その感触には覚えがあった。
懐かしく、どこか熱に浮かされたような記憶。
愉しみを同じくする者同士の、勝手知ったるやりとり――
「まさか……マナ・ストーン三十年戦争において、偽手紙でガガの包囲を解かせたという、サラディールの虚報?」
「はい! でも、さすがに状況はいろいろ違ってますし、すこし強引でしたね。反省です」
はにかむような笑顔が涙でにじんだ。
「おお、では……では……あなたが、ソニア殿……」
「ようやくお会いできました、コンラート様。名を偽っていたこと、申し訳ございません」
「いや。あの時点では、我がガイ・ムールミレルバとは大陸の覇を競う敵国同士。事情はお察しいたします」
「ありがとうございます……コンラート様」
いつの間にか、ソフィーの目にもいっぱいの涙が溜まっていた。
コンラートは上着のポケットからハンカチを取り出した。
「これをお使いください。落ち着いたら、奥の間へ。長年の夢をかなえるといたしましょう」
「長年の夢……?」
「お忘れですか? もし――いつか機会があれば、チェスの相手をして欲しい、とお手紙に書かれていたでしょう。私もずっと、おなじ気持ちでおりました」
「ええ……でも、コンラート様。まさか、戦場にまでチェスのセットを?」
「当然です。久しく相手もおりませなんだゆえ、ひとりチェスばかりしておりましたが」
ようやく生きた人間とチェスを指せる――その喜びはたしかにあった。
だが、きっと、それだけではない。
盤上に風が吹く――色とりどりの花びらが舞い、古の戦士たちが躍動する。
彼女がコンラートの作品から想い描いたそんな光景を、今度は自分も見られるかもしれない。
まるで十代の頃にもどったかのように、コンラートの心は浮き立っていた。
※解説
前後編といいつつ、後編がえらく長くなってしまいました。構成力ゥ!
例によって設定をいくつか捏造しておりますがご容赦を。
ジェイドはマナ・サリージア法王国所属のビショップ。
それなりに優秀な能力を持ち、ガイ・ムール以外の国でプレイすると必ず加入するため重宝します。
戦闘で使う場合、本作同様、守備部隊に置いておくのがよいでしょう。
男性魔法職はメイジ系のほうが優秀なので、そちらの道を究めるのも面白そうです。
保身に長けた日和見主義者とありますが、それだけではない深みのあるキャラクターです。
ソフィーはミレルバ諸島連邦所属のエンチャントレス。
ミレルバが滅亡すると、滅亡させた国以外に仕官する可能性がある、いわゆる復讐組と呼ばれる騎士の一人。
初期レベル1、統魔力成長Sという、最高の潜在能力を持った育成枠です。
見た目もかわいいので、ぜひ使ってあげましょう。
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