交換殺人
予定通り、私はわざとウェイターにぶつかって皿を割らせた。完全に私の不注意ということで弁償するからと言って名刺を渡してきた。
アリバイは完璧だ。
その後、私は男との待ち合わせ場所に向かった。誰にも見られない、埠頭の片隅に男の車があった。サングラスをかけて助手席に滑り込む。
「終わった?」
「ああ」
男はデジカメの画像を一枚見せた。そこには、私を裏切った許せない女が頭から血を流して倒れていた。私がアリバイを作っている最中にこの男が殺したのだ。
その数時間前、私はこの男が殺したい不倫相手の女を殺してきた。
私たち同士も被害者も接点は無い。つまり交換殺人というわけだ。
あとはこのデジカメの破棄。お互いがお互いのデジカメを渡し合う。目の前の海に沈めるもよし、叩き壊すもよしだ。
「じゃあこれで二度と会う事はあるまいな」
男は海を見ながらつぶやいた。
しかし…
これで本当の完全犯罪成立とはいかない。
私が人を殺したことを知っている人間が一人いる。そう、目の前の男だ。こいつを処分して初めて完全犯罪となる。私は男の目を盗んで懐のナイフを掴んだ。
その時、いきなり男が私の首を絞めてきた。
「お前を殺して初めて完全犯罪なんだよ」
男も同じ考えだったらしい。私は懐のナイフを引き出そうとしたが、力が入らない。
徐々に意識が薄れていく。
しかし私の意識が完全に飛んでしまう前に男の手の力が緩み始めた。
私が男の手を振りほどいて大きく息を吸うと、外から別の男の声が聞こえた。
「間に合ったようだな」
外の男は、目の前の男にクロロフォルムを嗅がせて意識を失わせていた。
この男も私と契約した交換殺人の男だ。
「こいつは二時間後に処分する。立派なアリバイを作っておけ。仕事が終わったら連絡する。そしたらお前さんは、こいつを殺れ」
私は男からメモを渡された。
そこには、見も知らない名前と住所が書かれていた。
追い出されるように車から出ると、男は運転席に乗り込みどこかへ走り去ってしまった。
また私は人を殺さなければいけない。
同時に、また交換殺人に乗ってくれる人間を探すのだ。
たった一人の人間を抹殺するために、私は何人の人間を代わりに殺していかなければいけないのだろう。
殺人鬼…
そんな言葉が脳裏をよぎった。
私は現代の殺人鬼だ。罪も恨みもない人間を殺し続けなければいけない。
男から渡されたメモの中身を覚えると私はライターで焼き払った。
全ては証拠隠滅のため。
海からの風が冷たかった。