見出し画像

第29話 笑劇

「はじめまして。花丸耕太です」

 そう言ってペコリと頭を下げる花丸は、あどけない笑顔で好青年らしい穏やかな雰囲気を纏っていた。

 だが、私は少し不思議だった。焔の話によると、花丸はこっちの世界に来た時、ダムにいた。自らの命を絶つために。だから、突然のこの状況に困り果てているだろうし、落ち込んでいると思ったのだが、想像以上に元気そうに見えたのだ。

 私と焔、ヤトは自己紹介を済ませ、SPTのことや諸々の事情を花丸に説明した。花丸は驚いた様子を見せたものの、案外すんなりと現状を受け入れていた。

「ところで、どうして紅牙組に?」

 ひと通りの説明が終わったところで、焔が花丸に尋ねる。

「いやあ、実は恥ずかしい話なんだけど…」

 花丸が照れくさそうに頭を手でかきながら語り出す。

「あの時、気付いたらこの街にいたんだけど、財布を落としちゃったみたいで。だけど、どんどんお腹が空いて、我慢できなったもんだから、餃子屋に入ったんだ」

「それで?」

「入ってたらふく食べたまでは良かったけど、お金がないだろ?だから『いつか絶対払います!』って心の中で誓って店を出て」

「コラ!」

 ヤトが即座にツッコミを入れる。

「つまり、食い逃げしちゃったんですね」

 私が改めて言い直すと、花丸はそうそうっと頷いた。

「そしたらお店の人に追いかけられちゃって。『食い逃げだー!』って」

「それは…。まあそうなるだろうな」

「声を聞いた道端にいた人たちが一斉に僕を掴んできて、本当に怖かったよ」

 よく見ると、花丸の顔や首筋がうっすら赤くなっていた。きっと掴まれた時に傷を負ったのだろう。

「その時、助けてくれたんだ。偶然通りかかった財前さんが」

「助けてくれただと?」

「うん。僕の代わりにお金を払ってくれて。千五百円の餃子定食だったんだけど、五万円くらい出してた。詫び代だって言って」

 そう聞いて、焔は少し考え込む。どうやら、花丸の説明が腑に落ちない様子だ。

「いやに親切だな」

「僕もびっくりしたよ。お礼を言っていつかお返ししますって言ったんだけど、財前さんは『気にするな』って」

 私と焔とヤトは顔を見合わせていた。ちょっとスケベなだけで、意外と財前はいい人なのか…?

「その時、組員の人たちが財前さんのことを『若頭』って呼んでて、そっちの世界の人なんだって思ったんだ。財前さんはそのまま立ち去ろうとしたんだけど、僕なんていうか。その時の財前さんの優しさにグッときちゃって」

「ほう」

「掃除洗濯、雑用、何でもします!あなたのところに居させてください!って頼み込んだんだ!」

「えええええ!」

 私は思わず声を上げた。この人、自分から紅牙組に入ったのか。

「そんなのおかしい!」

 ここでヤトが声を上げる。

「どうして?」

「だって、紅牙組は見ての通りみんなゴツイ男ばっかりだ!この花丸はどっちかっていうとヒョロヒョロしてるし、全然強そうじゃないもん!きっと何か裏があるハズだ!」

 ヤトは決して褒めてないのだが、花丸は天然なのか、照れくさそうに笑っている。確かに、紅牙組の男たちとこの花丸ではなんというか、合致する点が見当たらない。

「実は、僕も聞かれたんだ。財前さんから『お前、何ができる?』って」

「できること?なんて答えたんですか?」

 私が尋ねると、花丸は胸を張り、自信満々の笑みを浮かべる。

「そこで僕がやったのはこれさ!」

 花丸は懐からトランプケースを取り出し、トランプをシャッフルする。その後、トランプを両手で目いっぱい広げ、私に差し出した。

「好きなカードを1枚引いてみて」

「え?いいんですか?」

 頷く花丸。私は迷った挙句、真ん中のカードを1枚抜き取る。

「そのカード、何なのか覚えておいて」

 私はカードをめくり、焔とヤトとともにカードを確認する。

 『ダイヤの7』だ。

「じゃあ、この束に戻して」

 言われるがまま、私はカードを戻す。花丸が意味深な表情を浮かべながらカードを再びシャッフルし、再び束の中から一枚のカードを抜き取る。そして、そのカードを私たちに示した。

「あなたが引いたカードは、これですね!」

 花丸がそう言って示したカードは『ダイヤの7』だった。

「凄い!当たりです!」

 思わず拍手をする私。花丸も誇らしげに笑っている。

「花丸さんってマジック得意なんですね!どうやったんですか!?」

 そう言ってキャッキャッとはしゃぐ私。だが、5秒ほど後に焔とヤトを見ると、ポカンとした表情を浮かべていた。

「え?凄くないですか?今の?」

 焔は少し考え、こう花丸に尋ねる。

「それで、それを見た財前はなんて?」

「ひと言『見込みがある』って!目を丸くしてすっごく驚いてたよ!このマジック、患者さん…。人前ですると喜んでもらえるから、僕いつも持ち歩いてたんだ」

 余程嬉しかったのだろう。花丸は完全に財前に心酔している様子だった。少し間を置いて、焔は冷静な眼差しを花丸に向けた。

いいなと思ったら応援しよう!