第8話 予感
昔の夢を見ていた。空が茜色に染まる中、私は家中を走り回っておばあちゃんを探していた。どうしても見せたい絵があったから。
「おばあちゃん!」
そう呼びながら捜すけど返事がない。どこにいるんだろう?ふと窓の外を見る。すると、いつもは閉まっている納屋の扉が開いていた。私はいたずらっ子みたいに笑った。見つけた。きっとあそこに、おばあちゃんがいる。私は全速力で納屋に向かった。入口から中を覗くと、やっぱり。着物を着たおばあちゃんが座っていた。
おばあちゃん―。
そう声をかけようとして、私は言葉を失った。おばあちゃんは体を小刻みに震わせながらうなだれていた。幼いながらも只事でない様子に呆然となった。私はバランスを崩して木の扉に手をかける。扉がキィッという音を立てた。おばあちゃんは体をビクつかせて振り返り、私を見る。
おばあちゃんは、目を真っ赤に腫らして涙を流している。そして、その手には確かに、鋭利な包丁が握られていた。
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ハッと私は両目を開けた。夢か…。よく覚えてないけど、凄く怖い夢を見たような気がする。右手で額に触れると、うっすらと汗ばんでいた。
えっと、今日は土曜日か。朝練に行かないと。朝練…?私はガバッと起き上がる。
「ヤバい!バスの時間…!」
視線の先の大きな本棚を見て、私は一気に我に返る。そうだった。昨日は色々、大変だったんだっけ。あの後、疲れてすぐに寝ちゃったんだ。部屋の掛け時計を見ると、もう九時を回っていた。
私は服を着替えてから居間へと向かう。居間では、焔とヤトが何やら喋っていた。
「おはようございます」
そう言いながら扉を開ける。すると、途端においしそうな香りがふわっと鼻孔を刺激した。
「いいにおい…」
「オハヨー、凪!焔、早く!ご飯!」
焔は「はいはい」と言いながら、ステンレスのボウルにクルミを入れて、テーブルに置く。
「あれ?クルミ?」
私は思わず尋ねた。ヤトを介抱していた時、私もずっとヤトにクルミをあげていた。
「君があげたクルミがすっかり好物になったらしい。君も座ってくれ。朝食にしよう」
私がヤトを見ると、ヤトは嬉しそうにガァっと鳴いてみせた。私はクスっと微笑んで椅子に座った。テーブルにはスクランブルエッグとサラダ、おいしそうな焦げ目がついたクロワッサンが並んでいる。
「いただきます」
私は早速、クロワッサンに手を伸ばす。おいしい。
ヤトもおいしそうにクルミを頬張っている。これ、この人が作ったのか…?そんなことを思いながら、私はクロワッサンにバターを塗る。頬にクルミいっぱいに詰め込んだヤトが、焔に尋ねる。
「今日は?これからSPTに行くんだっけ?」
「ああ。長官に凪のことを報告しないといけないからな」
私は顔を強張らせた。
「どうかした?凪?」
ヤトが尋ねる。
「…これから先どうなるのかなって、少し不安になって」
すかさず焔が言う。
「心配ない。実は長官は、君の祖母である幸村藍子と面識がある。君を守るための最善策を一緒に考えてくれるはずだ」
言われて私は驚いた。そんな偉い人とも、おばあちゃんは知り合いだったのか。
ヤトも大丈夫と言いたげな様子で頷いている。だが、私はなぜか一抹の不安を拭い去ることができずにいた。
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それから一時間後、焔とヤト、私は再びSPT本部にいた。昨日は見えなかった大きな旗が、風でなびいている。旗には、SPTという文字とエンブレムが描かれていた。すると、ヤトがふわっと私の肩に飛び乗る。
「あれ?ヤト、ここは入れるの?」
「うん。俺は街中では至って普通のカラスだけど、SPTでは結構知られた存在なんだ!」
そう言って、自信満々に胸を張る。
「ヤトが人間の言葉を話せることは、SPT全員が知っている。食堂以外は立ち入りOKだ」
「どうして食堂はダメなの?」
「それはその…。ほら、グルメの俺に合う食事が無くてね…」
途端にあたふたするヤト。言葉を遮って、焔が言う。
「色んなものを見境なく食べるもんだから、出禁になったんだ」
私は思わず、プッと吹き出した。
「おい!言うな!バカ焔!」
焔もつられて笑い出す。その時、ピピピピと焔のスマホが鳴った。少し会話をして、電話を切る焔。
「長官からだ」
「お、タイミングバッチリ!早く会いに行こう」
軽快にそうヤトが言うが、焔の表情は曇っている。
「…それが、まずは私と二人で話したい緊急事項があるそうだ」
「緊急事項?」
私とヤトは一緒に首を傾げる。
「何かあったのかもしれない。…凪、悪いが、また後で長官に会わせる。二人とも、少し中で待っていてくれないか」
「あ、はい」
「ヤト!私がいない間は…」
「わかってるって。凪の護衛なら任せとけ。それにここはミレニアの天敵、SPTの本部だ。奴らもそう簡単に、手は出せないって」
焔はホッとした顔で頷き、急ぎ足で中へ入って行く。何があったんだろう。
私は途端に胸騒ぎがした。そんな私が不安げに見えたのか、ヤトは近距離で私の顔を覗き込む。
「わ!」
私は思わずビックリしてのけぞる。
ヤトは楽しそうに笑いながら、軽快に話しかけた。
「ねえ、凪!中庭に行こう!」
「中庭?」
「そう!今、花が咲いてすっごく綺麗なんだ!凪もきっと喜ぶよ」
とびきり明るい声で言うヤト。私は笑顔で頷き、ヤトが指す方向へ歩き出した。