あなたは無理に「強者男性」にならなくても良い
最近、「弱者男性」「強者男性」という言葉がトレンドになっている。
資本主義経済の発展に伴い格差社会が広がった今日では、以前の男女差別のように、属性間で起こる不均衡よりも、同じ属性内で起こる不均衡に着目されつつある。
その中でも、昨今は男性間での格差が問題視されている。
男性は「強く、逞しくあるべきもの」「女性や子供から頼られる存在」といったステレオタイプを押し付けられることが多く、困難に陥った際にサポートを受けづらい。
さらに、あらゆる面でパフォーマンスを向上させる男性ホルモンである「テストステロン」は、勝負事に勝った者に多く放出されるという側面から、学生時代の成功が経済面での成功を生み、経済面での成功が恋愛面での成功にも結び付き…と、男性内での競争は「勝者総取り」の仕組みになっているという指摘もされている。
そんな中で、近年、無理にでも「強者男性」になれ、という人生論が台頭してきている。
結局、男性の社会は弱肉強食なのだから、ライオンのように孤高で逞しい存在を目指すことが善であるという価値観。
この理論は一見正しい事のように思えるのだが、男性内で格差が生じていることへの解決策として、「だったら上に登れ」というのは勝者側の論理であり、あまりにも酷ではないだろうか。
そこで今回は、かつて自分が「弱者男性」であると自認しながら、「強者男性」になるために様々な試行錯誤を繰り返した結果、私がたどり着いた結論について整理していきたい。
「強者男性」の定義
この記事のタイトルは「あなたは無理に「強者男性」にならなくても良い」であったから、ここでは一旦、「強者男性」を定義しておきたい。
外見
・高身長
・筋骨隆々(肩幅が広く、お腹周りが絞れているため、上半身が逆三角形になっている)
・イケメン
・カッコ良いファッション
内面性
・ポジティブ
・チャレンジャー
・ストイック
・人に媚びない姿勢(自立)
・社交性
外部に現れる結果
・女性にモテる
・男性にもモテる(信頼・期待される存在)
・経済的な成功(仕事をしていない学生なら、学業や部活動など)
…まあ簡単に言えば、「ぼくのかんがえたさいきょうのおとこ」という訳だ。
こんなジョージメンズコーチみたいな男性現実にいるのか?と疑いたくもなるが、実際には似たような存在を私は何度も見たことがある。
というか、学生時代にクラスでカースト頂点だった男性がまさにコレだったのではないだろうか?
勿論、定義づけしたすべての要素を完璧に満たしているわけではないにしても、部活も学業も恋愛も結果出すし、内面性も立派だしで、住んでいる世界が違うという印象を感じる。
そんな存在を目指すとなると、まあ血反吐を吐くような努力を強いられる訳なのだが、恐らく殆どの人が挫折すると思う。
ーそして、私がこの茨の道を歩んだ結果辿り着いた結論はこうだ。
この世界はそこまで弱肉強食ではないのだから、「強者男性」になる必要はない。
「強者男性」という幻想
私はたかが20年、それも生物的な強さが重要視されるような若い価値観が蔓延る人生をこれまで歩んできた。
そのような限られた条件ですら、先ほど挙げたような「強者男性」の要素は明らかに「やりすぎ」だと言い切れる。
つまり、「そこまでしなくても十分」なのだ。
例えば恋愛で考えてみよう。
女性は、お付き合いOKな男性への条件として「高身長で筋骨隆々でイケメンでオシャレでポジティブでチャレンジャーで…」なんて設定していると思うだろうか?
そんな女性、こっちから願い下げだろう。
自分の付き合いたい女性がハリウッド女優のように外面内面肩書きトップレベルな美女ならともかく(そもそも、そんな女性が選ぶような男性ですら、内面性に問題があり離婚している世の中である)、大抵の人は身近な女性の中から好きな人ができるし、それは決して妥協ではなく理想な筈である。
これは恋愛に限らず、仕事や人間関係など、人生の充実度に関わる他のあらゆる分野においても共通である。
別に仕事がトップクラスに出来る人は必ずしも筋骨隆々という訳ではないし、イケメンでなくても愛されキャラとして人間関係の中で地位を保っている人だってごまんといる。
つまるところ、「強者男性」という目指すべき存在は、現実が要求するそれとは明らかに乖離しているのだ。
強者男性像を自身で再定義する
そもそも、「強者男性」という固有の価値観を、性格も遺伝子も何もかも違う男性たちに押し付けるのは無理があると思う。
理想の男性像は、そんな固定概念に縛られるのではなく、「自身の配られたカードを最大化した結果」であるべきである。
例えば、私が人生を通して再定義した「強者男性」はこれである。
外見
・高身長
・筋骨隆々(肩幅が広く、お腹周りが絞れているため、上半身が逆三角形になっている)
・太り過ぎず、痩せすぎない健康的な体型を維持している
・イケメン
・カッコ良いファッション
・隣を歩く人を不快にさせない清潔感を保つ
内面性
・ポジティブ
・チャレンジャー
・ストイック
・人に媚びない姿勢(自立)
・社交性
・感情に任せて自暴自棄にならない
・人を見下したり傷つけない
・感謝を大切にする
外部に現れる結果
・女性にモテる
・男性にもモテる(信頼・期待される存在)
・経済的な成功(仕事をしていない学生なら、学業や部活動など)
・少数の心から信頼できる恋人・友人がいる
・自らの意思で人生を歩んでいる
正直、ここまでの人生なんてこんなもんで事足りた。
…いや、「こんなもん」とはいえかなりの苦労は強いられたけれど、それでも今のところ、自分としてはかなり上出来な結果を残せていると思う。
ー寧ろ、固定概念的な「強者男性」として生きていたら、今のような「なかなか面白い人生」を歩めなかったと思う。
例えば、私は男性であるが、相手の性別に問わずよく可愛がられる。
恐らく、低身長や童顔、感情に素直な性格から起因するのだろう。
以前はそれがコンプレックスになっていて、無理にでも強引な男性像を演じようとしていた。
しかし、結局のところそれは上手くいかず、反対に自身のありのままを大切にしてみた結果、それが自身の強みであることを悟った。
「かっこいい」男性よりも「かわいい」男性が好きな女性は幾らでもいた。寧ろ、「強者男性」特有の強引さというか、鼻に付くスタンスを嫌っている女性も多いのだ(体感「強者男性」好きと嫌いとで半々くらい?)。
これは恋愛に限らなかった。
自身の弱さから、確かに舐めたり利用しようとしたりする悪人はいた。しかし、そういう人を見抜けるようになり、取捨選択してからは、寧ろ自身の「かわいがられる」性質は有利に働いてくれた。
先輩や有識者に「かわいがられる」ことで、色々気にかけて困っている時に助けてくれたり、応援してくれたりした。
これは決して、「自分ですべて解決する」「人に媚びない」強者男性には出来ないことである。
ダメなところは治す
とはいえ、これは何も「ありのままのあなたでいいんだよ」なんていう甘い言葉で締めたいわけではない。。
あくまで世間一般の「理想の強者男性像」が理に合っていないというだけで、何らかの問題があるのなら自分を改善する必要は大いにある。
例えば、恋愛で上手くいきたいのなら、「強者男性」のようにグイグイ女性を口説くナンパマシーンになれとは言わない。
しかし、「相手の目を見て、下心を持たずに対等に落ち着いて会話する」くらいにはなっておいた方が良いだろう。
何かと挙動不審で、目を合わせずチラチラと胸を見ていてはなかなか厳しいのである。
私も高校入学当初は、女性との会話がまともに出来なかった(コミュ障としてよく弄られていた)。
しかし、そこから何年もかけて女性と話す訓練を積んだ結果、ひとまず「会話として成立する会話」は出来るようになった。
たったそれだけのコミュニケーション力でも彼女を作る面では問題なかった。巷で言われている"心理テクニック"などど~~~~でも良いのである。
あとオススメなのは、とにかく記録すること。
自身の目標とアクションプランを紙やワードでまとめつつ、日々の生活を日記にして可視化する。
すると、「あ、自分の良いところはここで、ダメなところはここだな」と正しく現実を認識できるようになる。こういうことをしない人に限って「ただしイケメンに限る」だとか「高身長に生まれたかった」とかほざいている。多分問題はそこじゃないよ。
そうやって改善できるところは改善しつつ、理想に向かって突き進んでいれば、いつか自分にとっての「強者男性」になれるのではないだろうか。
ー私も改めて紙に目標を整理してみよう。
おわり