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(短編小説)小さな手紙

 肩が小さく震えている。口元が緩んでいる。振り返るたび、ぴくっと目が合い姿勢が変わる。ひな子は心の中でつぶやいた。

(そろそろ注意しないとね……)

「ほら、そこ! ちゃんと聞いてるの!」
 ひな子は窓側の後ろの席の二人をキッとにらんだ。6年B組の教室に静かな緊張が走る。

 授業中のスマホ禁止は学校のルールだ。今の時代、持ってくるのは仕方がないことだった。子どもたちにとっては保護者との連絡の手立てでもあるからだ。しかし授業中に下を向いてメールを打ったり、時にはゲームをする姿が目立ってきた。そこで先週から、学校にいる間はスマホは箱に入れて校長室で預かることに決まったのだ。

 これで授業に集中するかと思いきや、そうではなかった。手紙をまわし始めたのだ。6年B組は、今、手紙を回すのがとても流行っている。

(丸見えなんだからね)

 教壇に立つひな子は、内心面白くて仕方なかった。ちょうど10年前もこんな感じだった。6年生だったひな子は、いつも近くの子と手紙をやりとりしていた。休み時間に話せばわけないことなのに、やっぱり違う。先生が黒板に向かうたび、ドキドキしながらすばやく回していた。内容はたわいもないものが多かった。先生の似顔絵だったり、好きなアイドルの話だったり、そして時には好きな人を告白しあったりしていた。

 その日の夕方、放課後の見回りに教室に入ったときだ。ひな子は紙切れが落ちているのに気付いた。何やら文字が書いてある。きっと授業中に回っていたのだろう。
(何を話してたんだろう)
 ひな子は拾い上げた。

『好きな人の名前教えて!』
『ヒント。サッカー得意』
『大森くん?』
『ざーんねん!』

 ひな子は笑った。
(私もこんなこと書いてたかもしれないな。あー、なつかしい)

 会話は続いていた。

『もう一回ヒント!』
『シイタケ苦手』
『山崎くん?』
『はーい、ざんねんでした。おっしまーい』
『もう一回だけ!ラストチャンスお願い』
『算数も得意!』

「あれ? この会話は」
 ひな子は目を凝らした。少し右上がりに跳ねている文字は自分の字にそっくりだ。

「え、何? 私の手紙?」
 誰も見ていないのに、ひな子は思わず両手で手紙を包み込んだ。
「まちがいないわ、私が書いた」
 ひな子は顔が赤くなった。
「大森くん。そうよ、本当は大森くんだった。一発で言い当てられて慌てちゃったんだ。そのまま話が終わらなくなって困ったから、すごく覚えてる。でもどうして、ここに」

 その時、風が吹いた。ひな子の手元から手紙が吹き飛ばされた。小さな手紙は教室を舞い、そして窓の外へひらひらと飛んで行った。

「待って」
 窓辺に駆け寄っていったが、紙切れはどこにも見えなかった。

「ひな子さんも、丸見えでしたよ」
 葉のざわめきにまぎれて、ポプラの木はつぶやいた。
 校舎の脇には、ポプラの木がある。6年B組の教室の窓から一番近いところにある。この教室で昔、ひな子が手紙を回していたことをポプラの木はちゃんと知っていた。初夏の日差しが晴れやかで、風があんまり気分がよくて、いたずら心がちょっとだけ騒ぎ出したのだった。
「ちょっと葉を揺らせすぎただろうか」
 ポプラの木は、ほんの少し反省した。

「そうだ、来月は同窓会。10年ぶりだわ。私が教師になってこの学校に戻ってきたこと、みんなびっくりするかしら。大森くん、来るかな、あー、会いたいな!」

 ぶつぶつ言いながら校庭を後にするひな子の姿を、ポプラの木は優しく見送った。

==END==

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